第6話 探索者はだいたいみんなナットレス工法

 私がなんか依頼してしまったせいで、エディから鍛冶について教わることが出来なくなった。仕方ないから錬金術かレザークラフトでも学ぶことにする。

 このゲームには職人ギルドとかは存在しない。商人なんかは組合作ってるらしいけど、職人はみんな存在を認知しているだけらしい。探索者センターの職員はそう言っていた。

 というわけで。


「私に錬金術を教えてください」

「⋯⋯教えるのは別にいいけどねぇ。あんた、魔術師だろ?」


 この街で1番の腕を持つという老婆に弟子入りすることにした。名前はキャサリン。王妃様かな?


「魔術師が錬金術を使っちゃいけないの?」

「いや、別にそれは問題ない。けど、魔術師は魔術師で研究とか解読とか忙しいだろうに」

「解読はともかく、研究はあんまりしてないかしらね。研究したいようなこともあんまりないし⋯⋯強いて言うなら、錬金術には興味があるわ」

「はぁ⋯⋯。酔狂だね」


 褒め言葉です。狂ってるのは自覚してるから。


「錬金術はあんまり人気がないからね。後進は歓迎するよ」

「人気無いの?」

「大体の連中は思ってたのと違うって言ってすぐに出ていくんだよ」

「なんとまあ⋯⋯堪え性のない」

「全くだね。その点、魔術師なら解読なんかで地味な作業は慣れっこだろう? こちらとしては、ありがたいことさね」


 辞書を片手に翻訳、筆写、失われていく人としての常識⋯⋯。ネクロノミコンは強敵だったわ⋯⋯。

 今ではニャルラトホテプ謹製のPDFファイルが出回っている(出回らせた)けど、魔導書の解読はぶっちゃけ命の危険と隣り合わせなのよね⋯⋯。


「それで、最初は何をするの? 素材の仕分け?」

「素材の善し悪しが見てわかるのかい?」

「新鮮か否かくらいしかわかんない」

「それが分かるやつも多くないんだけどねぇ⋯⋯」


 新鮮か否かだってある程度しか分からない。教えてもらえれば多分出来るようになるけど。


「とりあえず、錬金術とは何かから教えてやるよ」

「優しい⋯⋯」

「この街であたしほど優しいやつも居やしないさ」

「そうかな⋯⋯? そうかも」

「まずは見本を見せてやる。よく見ておきな」


 テーブルに置いてあるのは、ビーカーに入った水と思われる透明な液体と何種類かの粉末。そして試験管。あとガラスの棒。


「まずは水にナオル草の粉末を入れる。水とナオル草が1瓶に対して2株の割合だよ。次に魔力を込めながらガラス棒で混ぜる。この時は泡立たないようにゆっくりとだ」


 薬草の名前ナオル草って言うんだ⋯⋯安直。


「粉末が溶けたら、ブルーマッシュルームの粉末を入れる。これは1つ分。もう一度混ぜて溶かしたら、試験管に3等分する。少しくらいなら分量がズレても回復量が下がる程度だけど、キッチリ3等分出来れば無駄が減る」


 傷を治す薬草に青いキノコ⋯⋯いや、これ以上考えるのはやめよう。

 あとは何をするのかしら⋯⋯? まさか、ハチミツ?


「最後に、ショゴスの粉末を入れる。これ単体だとショゴスに乗っ取られて異形化するけど、ポーションに使うと回復量が上がる」

「⋯⋯まあ、ショゴスだし」

「ショゴスだからね」


 この世界、簡単にショゴス食べるな⋯⋯。まあ、ショゴスは焼いて食べると何故か肉体が強くなったりするけど。


「これが回復ポーションの作り方さ。致命傷は厳しいけど、四肢が切断されるくらいならくっつくよ」

「身体欠損ってそんな簡単に治るもんだったっけ⋯⋯?」


 神化してからは身体欠損くらいなら気にしなくなったけど、それはそれとして簡単にくっつけられるポーションって何?

 ショゴス使ってもそうはならんでしょ。

 なっとるやろがい!(自己完結)


「技術の習熟は、どう頑張っても回数をこなす必要がある。あたしゃ、その手伝いと手解きをしてやるだけさね」

「キャシー⋯⋯」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃないよ。師匠と呼びな」

「師匠!」


 私は、世界一の錬金術師になるよ。師匠!

 ⋯⋯まあ、本業は魔術師だし、人体の変質も錬金術の範囲だと思ってやるだけなんだけど。


「まずはやってみな。錬金術は、複数の素材を魔力で混ぜ合わせるもんだからね」

「わかったわ」


 そこで取りだしたのは、仔山羊の血とムーンビーストの触手と肉。瞬間、師匠の口元が引きつった。

 最優先は人間という器からの脱却。ついでだし、仔山羊の触手も加えよう。


「触手と肉はみじん切り。一応分けておいておこうかな」


 まな板に置いた触手を包丁で刻み、みじん切りと呼べるレベルになったら、包丁日本でさらに細かく刻んでいく。ダダダダダダダンと鈍く重たい音が響き、それに加えてグチャ、ビチャと水音が加わっていく。ペースト状になった触手と肉を皿に移動し、まな板と包丁は洗っておく。

 師匠の顔はどんどん曇って行く。なんなら、こいつを弟子にとったのは失敗だったと言わんばかりに。

 ビーカーに仔山羊の血を2瓶、触手と肉は1つずつ。まずは血と相性のいいだろう仔山羊の触手。ペースト状になったそれを血に加えると、血と混ざりあって少しトロミの付いた玉虫色の液体に変化する。一応ガラス棒越しに魔力を込めつつ混ぜると、玉虫色の液体は発光し始めた。


「⋯⋯これくらいかな」


 1度混ぜるのを辞め、次にムーンビーストの肉を加える。一瞬光を失ったかと思うと、青白い月のような色が玉虫色に混ざる。


「そろそろいい感じ⋯⋯。それにしても、混ざって渦を巻いているのに色は流動していない⋯⋯不思議だわ⋯⋯」


 そして、ムーンビーストの触手を入れて混ぜる。完全に光を失ったかと思うと、今度は光を完全に吸収しているような真っ黒に、それでいて暗い色なら何色にも見える混沌とした色に変化した。

 もう師匠は物陰に隠れてこちらをそっと覗いている。まるで私が危険人物みたいじゃない。


「仕上げは⋯⋯胃袋と私の血かな」


 仔山羊の胃袋を取り出し、糸で片方をキツく縛って漏れないようにする。そして、片方の口から混沌色の液体を注ぎ、最後に私の血を混ぜる。方法はもちろん包丁でリストカット。目減りしていくHPを横目に、自分自身に治癒の魔術をかける。

 リストカットで結構な血が流れたせいか、貧血の状態異常に陥っている。けれど、感覚的にはまだ足りない。


「師匠、増血剤とか無い?」

「あ、あるにはある! あるが、高いよ!」

「いくら?」

「1本で5万」

「3本頂戴」

「あ、ああ」


 治癒の魔術で命を繋ぎつつ、15万と引き換えに増血ポーションを呷る。どことなくプルーンのような味に驚いた。

 貧血が解消され、HPも満タン近くまで回復した。さあ、続きをしよう。

 もう一度リストカット。そして、今度は増血ポーションをゆっくり飲みながら血を流す。感覚的に満足いく量になった。

 開いていた方の口も縛り、魔力を込めながらタポタポになった胃袋を振る。某コ〇ラを振るだけの動画のごとく、ひたすらに振る。

 少しずつ胃袋が変色していき、中の液体と同じような極黒に変わる。そして、浮かび上がった。

 完成した。


「出来た⋯⋯」

「な、なんてもんを作ってるんだい⋯⋯!」

「人を辞めるポーション⋯⋯かしら? 理想には程遠いと思うけど、種族は人間じゃなくなると思うわ」

「⋯⋯あんたは、人じゃなくなることに忌避感は無いんだね?」

「むしろステップアップだわ。人という脆弱な種の枷を解き放ち、より強大な単一の種への」

「そうかい⋯⋯」


 インベントリに入れて名前を確認してみると、『★種族変質ポーション(混沌)Vol.1』と表示された。


『初めてユニークアイテムを手に入れたプレイヤーが現れました! ユニークアイテムにはレア度の階級が存在せず、一括でレア度ユニークとして扱われます。発想次第ではプレイヤーが自作することも可能ですので、生産メインのプレイヤーも頑張ってください!』

『称号獲得【箍無の錬金術師】【道を外した第一歩】【毎日歴史に喧嘩売ろうぜ!】』


 なんて不名誉な⋯⋯。訴訟は辞す。

 というか、このゲーム結構ネタ称号多いわね?


「正直に言おう。お前さんはネジが外れてる。あるいは、ナットレス工法だったかもしれない」

「そこまで言わなくても良くない?」

「やかましい。お前さんにゃ、あたしよりもっと適した師匠がいる。それを探しな。あたしじゃあんたの才能を活かしきれない」


 事実上の破門宣告ね。まさか入門初日に破門されるとは⋯⋯。困った。

 ⋯⋯いや、些事かな。


「ここで飲むんじゃないよ。飲むなら街の外にしな!」

「うぇっ?」

「そんなもん初めて見たからね。材料は見てわかったけど、それを混ぜようとするバカは初めて見たからね。どう考えたって、ロクなことは起こりゃしないってわかるさね」

「そこまで言う⋯⋯?」


 ここまで言われてしまうと、ここでやりたくなってしまう。けれど、流石に正式サービスが始まって1週間も経ってないのに街を出禁は困る。

 大人しく街の外⋯⋯いや、いっその事北の森でやろう。そこなら誰も文句は言わないでしょ。


「なあ、あれ⋯⋯」

「ああ、間違いねえ」

「あれが噂の⋯⋯」


 なんか噂してる? ワールドメッセージで名前出てたっけ。あれ、キャラ名って表示されるっけ?

 ⋯⋯まあいいか。


「とうちゃーく! あ、仔山羊くん場所借りるね」


 仔山羊は私を見て一瞬固まったが、すぐに興味を失ったようにトコトコと歩いていった。


「これ胃袋ごと食べた方がいいのかな? 食べた方がいいよね⋯⋯」


 なんか、食べたらニャルラトホテプの化身になりそうな見た目してるんだけど。

 クトゥルフの触手とどっちがマシか聞かれたら、絶対クトゥルフの触手の方がマシだって答える見た目してる。


「⋯⋯むしろニャルちゃんの一部と考えれば食欲も湧いてくるかも」


 ※そんなことありません。

 とりあえず、胃袋の口を開く。瞬間、形容しがたい臭気が漂ってくる。嗅いだ瞬間に魔王の宮殿を幻視するような、それでいて高級なアロマフレグランスを彷彿とさせるような、とても不快で快い匂い臭い。探索者歴40年くらい、外なる神歴30年くらいの私としても辟易する液体に口をつける。

 先ず感じたのは、常温の油を直接口に含むようなまとわりつく感覚。次に襲ってくるのは、五味と辛みとエグ味の混ざった混沌とした味。全てがお互いを引き立て合いつつ、お互いを殺そうと口の中でとても仲良く喧嘩している。

 のどごしは最悪。味は最凶。臭いは説明不可。文字通りこの世のものでは無い味に、思わず涙が流れてくる。


「あと、ちょっと⋯⋯」


 飲みきった後、輝くトラペゾヘドロンから出てくるニャルラトホテプの化身のような見た目をした袋を食べ始める。

 大きさにして約0.25㎥。空洞を抜けば、その4分の1くらいになる。それを噛み千切り、咀嚼する。

 食感はゴムと豆腐の中間。噛み締める度、ただただ直前に飲んだポーションと同じ味がする。むしろ、噛み締める分こっちの方が味を濃く感じるかもしれない。ヨグソトースの触手とかも、こんな味がするのかもしれない。

 最後の一欠片を口に含み、頑張って咀嚼する。異常な食感のせいで顎が痛い。


『種族変化を開始します』


 よしよし、目的は達成ね。苦痛を受けた甲斐があったわ⋯⋯。


『称号、変化要因を参照⋯⋯確認しました』


 さてさて、進化先は如何に?


『変化先:ショゴス・ロード』


 ⋯⋯は? ショゴスロード?

 古き鍵を得たら私の最終形態はウボ=サスラになるの?


『称号、進化要因を加味し、特殊能力を追加します』

『称号獲得【種族変化の先駆者】【この探索者は不定形】【セミより短い人生】』


 セミより短いって、やかましいわ! 確かに1週間経ってないけど!


『特殊能力:擬態、変質、捕食吸収、密度変化、自切、自己再生』


 ショゴスロードになっても外見が変わらないのは密度変化の影響だろうか。どうせなら胸くらい大きくできても⋯⋯(Cカップ)。Eとは言わないから、せめてDくらいまで⋯⋯無理⋯⋯だと?


『初めて種族を変化させたプレイヤーが現れました!』


 ⋯⋯もういいや、今日は森で木に擬態してログアウトしよう。

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