神作()のVRゲームが発表されました。 CHAPTER1【その物語は桜のように】

新菜 椎葉

第1話 新作VRMMO(神作)

 世間ではそろそろ長期休暇が入ってくる七月中旬の日曜日。探偵業を営んでいる私には存在しない長期休暇を羨みつつ、事務所で優雅なティータイムを過ごしていた所にメッセージアプリの通知音が響いた。

 サービス業とはいえ、依頼人も居ないのではほぼ休日。人目を気にすることなくスマホを操作すると、知り合いから新作のVRゲームを入手した旨が届いていた。そこで、最近テレビでコマーシャルをやっていたゲームのタイトルであることに気付く。自慢だろうかと眉根を寄せていると、自分のために二本目も手に入れている事が続けて送られてきた。

 少々困惑しつつも、明日の予定を空けておくと返す。そこそこ仲が良かった自覚はあるものの、果たしてこんな希少で高価な物をプレゼントしてくるような性格だっただろうか?

 翌日、予め決めておいた喫茶店の戸を開くと、奥のスペースに友人の姿を見つけた。


「何が目的?」

「開口一番に酷くないかい? 僕は君のためを思って、二つも手に入れたと言うのにさ」

「疑いたくもなるでしょ。あなたに苦渋を舐めさせられた事は一度や二度じゃ済まないもの」

「酷いなぁ」


 ケラケラと軽薄そうに笑う姿は、見てくれの良さを含めて胡散臭さを感じさせる。こいつはただの善意で新作のゲームをやらせるような存在じゃない。きっと、何かしらの目的を隠し持っているに違いない。

 自分で絶望を突きつけておいて、希望をチラつかせるような事を平気でしでかすやつだ。ただの真っ当な善意なんて持ち合わせているはずがない。


「で、二台あるって事はアナタもやるんでしょ? これはどういうゲームなの?」

「フルダイブMMORPGさ」

「MMORPG⋯⋯多人数同時のオンラインゲーム?」

「そうそう。オープンワールドでキャラメイクもかなり自由自在らしいよ」

「ふーん。世界観は?」

「科学文明レベルは中世って感じかな? ナーロッパ?ってやつ」

「剣と魔法の世界⋯⋯ね。で、裏の顔は?」


 そう返すと、浮かべていた薄ら笑いをより一層深める。何か琴線に触れてしまったらしい。


の育成さ」

「ロクでもないわね⋯⋯。探索者という身分から言わせてもらうケド」

「そう言わないでくれよ。だって退屈してるんだ。君にも分かるだろう?」

「いやぁ、私は仕掛ける側じゃないから。ちょーっとよくわかんないかな?」

「白々しいね。君だって僕達側だろうに」

「うるさい。ハッキリ私にやって欲しいことを言いなさい」

「仕方ないねぇ。──引っ掻き回して欲しいのさ。このゲームを」


 引っ掻き回す⋯⋯? つまり、求められた役割を抜け出し、秩序を乱せということ?

 それはなんというか⋯⋯言ってはなんだけど、あなたの役目じゃない? 私は訝しんだ。


「ボクには出来ないのさ。プロデュース側だからね」

「──は?」

「僕は開発者側だから、君とは一緒に遊べないのさ。隠し要素とかほとんど知ってるからね」

「⋯⋯なんで二台買ったの?」

「君の他にも渡そうと思ってる相手がいるからさ」


 ⋯⋯うん、やっぱりこいつイカれてるわ。

 イカれてなきゃトリックスターなんて出来ないか。


「まあ、そういうことなら素直に受け取らせてもらうわ。開発側ってことは、どうせ見てるんでしょ」

「まあね。それじゃ、良きゲームライフを」

「はいはい。じゃ、また会いましょう。


 ゲーム機を受け取ると、それだけ言って店を出る。

 ──チラリと振り返ると、そこにはテナント募集の張り紙が貼られ、コンクリートがむき出しになった空き物件だけがあった。

 どうやっているのかやらを深く考えないようにしつつ、自宅兼事務所に帰る。帰宅早々に荷物を開封し、初期設定等を始めた。パソコンに接続する必要はあるものの、設定項目はさほど多くない。日付やアカウント、セキュリティ設定なんかを終えると、直ぐに使用可能な状態になった。

 うん、以前ネットの海にある書籍のPDFファイルを放流した時より遥かに楽だ。あの時は友人やら幼馴染やらに連絡して拡散してもらったり、ブログやオカルト掲示板にアップしたりと大変だった。その後は数年にわたって世界各地で未曾有の事件が大量発生したりしたけど。


「正式サービス開始は明後日の正午ね。キャラメイクや基本操作チュートリアルは発売日──つまり昨日──から可能と。意外とサービス精神旺盛じゃない。神(様)作は伊達じゃないわね」


 早速ログインしてみることにする。

 ハードウェアは姿勢を阻害しないバイザー型。随分と小型化されたものね。フルダイブ技術なんて開発されてから30年経ってないのに。⋯⋯仮想現実の概念が一般化したのだって私が20代後半の頃?

 ⋯⋯嘘、私もう60近いの? 人間の感覚だと、もうおばあちゃんとか言われる年齢?


「ええい、嫌なことを考えるのはやめよやめ! どうせ外見なんて飾りなんだから!」


 某新世紀な人造人間に乗る主人公の父親のようなバイザーを着け、起動ワードを発言すると、意識を失う感覚が襲ってくる。しかし、それは一瞬の事。

 次の瞬間には、真っ白な床と壁に正方形のマス目が入った世界が広がっていた。絵に書いた様なデフォルトワールドだ。


「ようこそSeeker Onlineへ。私はナビゲーションAIのウムルです。まずはあなたのプレイヤーネームを設定させていただきます」

「名前⋯⋯考えてなかったわね」

「検索エンジンを使用することも可能です。どうぞご利用くださいませ」

「ええ、ありがとう」


 本名から少し変えてみようかしら?

 検索エンジンで様々な言語を検索していると、エジプト語での翻訳が目に付いた。そうだ、バースト様リスペクトでエジプト語にしよう。


「セカトでお願いするわ」

「セカト様ですね。かしこまりました。次は外見の設定です。デフォルトだと現実での外見になります」


 そう言って出現したのは、気持ち悪いくらいに再現された自分自身の3Dモデルだった。初期装備と思われる簡素な布服を脱がすことも出来、裸体も確認してみると綺麗に再現されていた。普通に引く。

 ⋯⋯どれ、味も見ておこう。

 ペロリと舌を這わせてみると、素肌の質感がダイレクトに伝わってくる。3Dモデルだからか味はしないものの、再現されているのであろう体温と柔らかさに驚かされる。局部に手を伸ばしてみると、中まで見事に作り込まれていた。凄い。


「外見は⋯⋯そうねぇ。玉虫色の瞳とインナーカラーに宇宙でも設定しておきましょう」

「かしこまりました。このような感じよろしいですか?」

「良いわね。まるで鏡を見ているようだわ」


 流石に大衆がいるところでは出来ないものの、私の本気の姿はこれ。特定されたところで問題なんてないし、外見を大きく変える必要は無いでしょ。

 ステータスを確定させると3Dモデルが消滅し、視界の端に写った青い髪の内側が宇宙に変化しているのが見えた。


「最後にステータスの設定です。ステータスにはSTR、CON、POW、DEX、APP、INTの6つがあり、STRは筋力や攻撃力。CONは持久力や耐久力。POWは最大MPや精神耐性。DEXは瞬発力や技巧。APPはNPCからの好感度や第一印象。INTは魔術の威力等にそれぞれ関係します」


 なるほどねぇ⋯⋯。


「NPCって言うのは、俗に言うMOBも含まれるの?」

「含まれます」

「そう」

「キャラメイク時は合計25Pポイント振り分けることができます」

「25P全部STRに振るとかも出来るの?」

「可能ですが、推奨は致しません。参考までに、一般NPCのステータスは平均10前後で、APPは21を超えるとデフォルトで魅了を振りまきます」

「私たちが初期でオール10と考えると、まさに平均って訳ね」

「その通りです」


 そして最終的なステータスが以下の通り。

 STR :10 CON:10 POW:20 DEX:11 APP:20 INT:14

 初期値以下に下げることも出来たけど、流石にそれはやめておいた。ただでさえ現実との乖離があるのに、それ以上離れたら動かしづらくて仕方がない。


「そういえば、種族ってどうなの?」

「プレイヤーのデフォルトは人間ですが、何らかの要因によって種族を変化させることが可能になります。種族が変化すると人間にはない種族特性が追加され、様々な差が生まれるようになっています」

「⋯⋯ふーん」


 種族が変化できるって事は、あるんだろうなぁ⋯⋯種族:神。多分、信仰なんかもシステムで存在する。

 敵対MOBに邪神とか出てきそうだわ。


「キャラメイクは以上で終了となります。基本操作のチュートリアルを始めますか?」

「ええ、お願い」

「かしこまりました。まずはステータスウィンドウの表示です。デフォルトでは発声操作が設定されています。ステータスと発声してみてください」

「ステータス」


 そう言うと、半透明で少し縦長な長方形のステータスウィンドウが表示された。

 名前とステータスが表示され、その隣に装備やストレージ、オプション等のタグが着いている。


「ストレージタグを押してください」


 言われた通りストレージを開くと、空っぽのマス目だけが見える。


「現在は正式サービス開始前なのでストレージには何も入っておりません。強いて言うなら、あなたは無を所持しています」

「やかましいわ」

「ふふっ、失礼しました。次は装備を開いてください」


 装備を開いてみると、頭、上半身、左右の腕、下半身、靴、アクセサリーと様々な装備箇所が伺える。しかも、装備の外見は非表示にしたりスキンを被せることが可能。、効果のある装備の重ね着もできる。凄い。

 現在の装備が以下のとおり。


─────────────

 頭  :装備なし

 上半身:布の服

 右腕 :装備なし

 左腕 :装備なし

 下半身:布のズボン

 靴  :装備なし

─────────────


 アクセサリーは物理的に着用していれば装備欄に現れるらしい。装備の変更はシステムでも普通の着脱でもどちらでも可らしい。

 靴は装備なしだとなんの効果もない靴を履いている。ここはオプションで裸足にすることも出来る。


「基本操作は以上です。戦闘等のチュートリアルは正式サービス開始をお待ちください」

「じゃあ、後は正式サービス開始まで質疑応答だけって認識でいい?」

「はい。その通りです」


 ⋯⋯まあ、特に聞きたいこともないんだけどね。

 オプションで表示設定をした時計を見ると、午後2時になるところだった。特にやることも無いし、ペットと眷属にご飯をあげるためにログアウトしよう。

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