未来
高く青い空へ、ほぅ、と白い息を吐く。
あてのない熱が、少しでも、寒空の向こうへと届くように。
2/14、土曜日。昼。
冬の盛りは過ぎたはずのその日の空には、風花が舞っていた。
半ドンの授業を終えた私は、校門の端の柱に体を預け、友人の到着を待つ。
まばらになりつつある生徒の波を、スマートグラス越しに眺めつつ。
指先の冷えを誤魔化そうと手をこする。
がさり。
肩にかけたカバンの中で、悩みのタネが音を立てる。
「ごめん! いーちゃん、待ったよね!?」
私の待ち人、
息をはずませ、わずかに頬をピンクに染めて。
小型犬のような愛らしさのある子だ。
「待った。けど、その様子見て安心したわ。渡せたのね、チョコ」
「うん! "あ、ありがとな!"だってぇ~~~っ!」
ぎゅーっ、と、その嬉しさを握りしめるように背中を丸めて喜ぶ未来。
いつも感情表現がオーバーで可愛らしい彼女である。
同級生の意中の彼に、本命のチョコを渡せた今、
見ているこっちまで嬉しくなってしまうような、そんな暖かな雰囲気を全身で表現していた。
「そ。じゃあ、帰りましょ」
「あれ? いーちゃんは? 渡さなくていいの?」
「……私は、いいわ」
「エーッ! そんな、勿体ないよ!」
「ふふ。でも、どんな顔して渡せばいいか、分からないもの」
「いーちゃん美人さんだし、きっと大丈夫だよっ」
そんな的はずれな、とても愛しい励ましを、
私は努めていつも通りの涼しい顔で受け止める。
「あ、そうだっ、忘れてた!」
「?」
そう言って、鞄からガサゴソとなにやら取り出し私に差し出す未来。
「はい、友チョコ! いつもありがとう、いーちゃん!」
「――――」
その、薄桃色の可愛らしい包を見て、私は言葉を失う。
どんな顔してチョコを渡せばいいか分からない。
だから当然、どんな顔してチョコを貰えばいいのかも、分からないのだ。
だって、私は、彼女の友人の"いーちゃん"なんかじゃないんだから。
『君は、今川
二年前、中3の冬休みに、私は胸を患って入院した。
その入院生活の、何日目かの朝の往診で、主治医は淡々とそう告げた。
曰く、本物の今川逸花は難病に侵されており、つい数日前に息を引き取った。
生前の彼女の意思により、"クローン延命"が施され、私というコピーが作られた。
私の役目は、今川逸花に成り代わり、彼女の送るはずの日常を延命すること。
都合のいい代用品なのだと教えられた。
最初は混乱したが、最終的には諦めて、現実を受け入れた。
私には今川逸花としての記憶があった。彼女が入院してすぐの頃までの記憶。
絶対に治らないと説明された絶望と、それでも、何かを残せるのだという希望の記憶。
大切な、太陽みたいに温もるあの子を曇らせずに済むのなら。
「――ありがと、未来。うれしい」
「えっへへ……なんか照れるね!」
とっさにひねり出した言葉は正しかったのだと、
未来のはにかむ顔を見てホッとする。
彼女から受け取った包の中身は、チョコシフォンケーキだった。
しっとりとした口当たり、甘く広がるカカオの風味を想像する。
これをありのまま受け止められたら、どれほど救われるのだろう。
「いーちゃんも、チョコ、いつか渡せるといいね」
「……そうね、いつかね」
はにかみを返しながら、肩をすくめる。
がさり。
肩にかけたカバンの中で、借り物の心が音を立てた。
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