北極星
「1組のあの子、亡くなったらしいよ」
憧れていた彼女の訃報を、私はSNSで知った。
「え、何で? 病気とか?」
「さぁ・・・? 私も地元に残ってる後輩から聞いただけだからなぁ」
「そう・・・」
「あれ、ツーって、そんなにあの子と仲良かったっけ?」
「いや、別に・・・小中が同じだっただけ」
そう。私が一方的に、見つめていただけ。
出会ったときから、彼女は異質だった。
小学4年のときの転校生。
まっすぐな黒髪に、色素の薄い肌。
綺麗なその子の、切れ長の目は、しかし、誰も映してはいなかった。
「バトミントンしよう?」
「・・・うん」
「いっしょに図書室いこう? 案内してあげる」
「・・・うん」
「みんなでつーこちゃんちに行くんだけど、一緒に行かない?」
「・・・うん」
みんな最初は、美しさに引かれてか、彼女をかまった。
彼女は、誘われれば二つ返事でついていくので。面白がっていたのかもしれない。
しかしそれも、次第に無くなっていった。
「あれ、あの子は、今日は誘わないの?」
「あー、あんまり楽しそうじゃなかったから、いいかなって」
二つ返事でついていく、その先で。彼女はなんというか、事務的だった。
歌おうと言われれば歌い、踊ろうと言われれば踊るのだが。
喜ばず、怒らず、笑わないので、なんだかよく分からない。
私はその、なんだかよく分からないものに惹かれていた。
--
「お世話になっております、日野です。
・・・はい、すみません、友人が亡くなったらしくて、
はい、今日のゼミを欠席させていただきたく・・・
はい、はい、ありがとうございます。
はい、報告はサーバーにアップしておきます。
はい、では、失礼します・・・。」
ピ、と通話を切り、息を吐く。
アナウンスが響く。
こだま、新大阪行きが参ります。自由席は前よりーー。
「・・・何やってるんだろ、私」
肩に、バックパックの重みを感じながら、やってきた車両に乗り込んだ。
友人、というのは、まぁギリギリ嘘ではない、と思う。
私がただ、そう思いたいだけなのだけれども。
中学に上がっても、彼女の瞳は変わらなかった。
来る者拒まず去る者は追わず。
粛々と我が道を歩く彼女は、孤立を超え、独立とさえ言える立ち位置にあった。
そんな彼女と私は、奇妙な関係にあった。
「ごめん! 部活の練習、長引いちゃって。待った?」
「・・・いえ、いま来たところなので」
「そっか! じゃあちゃっちゃと入ってガンガン歌おー!」
「・・・」
ヒトカラならぬフタカラ。
月に1度あるかないか。
そんな頻度で、私がどうしようもなく歌いたい気分になったとき、
呼び出す相手が彼女だった。
ボックスに入る。
私は奥、彼女はドアの近くが定位置だった。荷物を、二人の間の席に置く。
私はさっそく、デンモクをいじり、いつもの曲をざっと入れる。
彼女もいつもどおり、カバンから借りた本を取り出し、読み始める。
これがいつものスタイルだった。
「・・・ねぇ! 今日の私の歌どんな感じ?」
「・・・高音が出てないです。あと、いつも以上に、力まかせ」
「そっかー、いや、今日はめちゃめちゃ声出させられたからなぁ・・・」
一通り歌い終えた後の、お決まりのやりとり。
彼女の耳は確かで、これでどれだけ上手くなったか分からない。
「・・・あ、そうだ、たまには貴方も歌わない?」
「・・・じゃあ、一曲だけ」
そう言って、履歴から、私が一番好きな曲を入れる。
彼女はそれを、私の思う以上に、圧倒的に歌い上げる。
この時間が、どうしようもなく好きで、どうしようもなく嫌いだった。
--
「ただいま~~」
「おかえりぃ、急に帰ってくるって連絡あってびっくりしたよぉ」
「いやぁ、なんかちょっと時間取れそうだったし・・・、はいこれ、都会みやげ」
「あ、これ好きなのよねぇ」
母に、お土産の焼き菓子を渡し、靴を脱ぐ。
実家である、マンションの一室。
「今、お茶入れるから、座って待ってて」
「うい~」
促されるまま、リビングのイスに腰掛ける。
高校卒業後、あまり地元には戻っていなかった。
「はい、どうぞ」
「はい、どうも」
母が出してくれた日本茶をすすりつつ、本題を切り出す。
「あのさ、私が小4のころ転校してきた子、いたじゃん。
その子の事って、何か聞いてる?」
「あぁ、耳がはやいねぇ、それで帰ってきたのかい。あの子も気の毒にねぇ」
「気の毒、じゃあ病気か何かだったの?」
「・・・詳しいことは分からないんだけどねぇ」
自殺じゃないか、って話よ。
衝撃はあった。しかし、理解して、落ち着いた。
--
高校に進学すると、私達の関係は、あっさりと終わりを迎えた。
なんのことはなく、単に私も彼女も忙しくなった。
カラオケに誘う頻度も落ちたし、誘ったとしても、断られるのが常だった。
「・・・まぁ、特進だし、仕方ないよね。都会の大学難しいもんなー」
「ん?、特進って、誰か知り合いでも居るの?」
「あぁ、いや、小中いっしょだっただけ。ほら、切れ長の目の美人なコ」
「あー、あの子かぁ、あんまりいい噂聞かないよねぇ~」
「人付き合い独特な子だからねぇ」
「いやいや、そういう感じのじゃなくてさ・・・」
「?」
「なんかこう、夜、アブないことしてるらしいよ?」
聞いて、自分でも訳がわからない熱が、こみ上げてくるのを感じた。
その日の夜、私は街で彼女を張った。
直接確かめる、そのことで頭がいっぱいだった。
今晩会えなければ明日、明日会えなければ明後日。
毎晩だって来てやろう、そう思った。
果たして、彼女は、その夜の内に現れた。
「おっ、何すんだテメェ!」
男の怒声を背に、彼女の腕を引く。どこかもわからず走り続ける。
街を抜け、河原へと入る。
ズキズキと痛む脇腹をねじり、ドサ、と彼女を芝生へ転がす。
「・・・何してんの?」
「・・・別に」
「別にって、アンタ、自分がどんだけ危ないことしてるのか分かってんの?」
「・・・分かってますよ」
「なら!」
「なら、なんだって言うんですか」
「これが、私にとって普通のことなんです。
貴方たちが、友人と遊んだり、家族と話したりするのと同じ。
私にとっては、普通のことなんです」
「そんなの・・・」
「貴方にとっては、私は特別に見えたかもしれないけど。
私にとっては、普通なんです」
「・・・」
転がされた彼女が、立ち上がる。
「もう、私に構わないでくれますか?」
ざっざっ、と、私に近づいて来る。
「私のことを心底羨ましそうに見る、あなたの目。苦手なんです」
そのまま。止まることなく、明かりの方へと消えていく。
私は、彼女を見送ることしかできなかった。
熱はまだ、ココに確かに、残っていたはずなのに。
--
「・・・寒い」
あの日の河原は、こんなに寒かったのだろうか。
まぁ、どうであれ、息が切れるほど走った後とでは、違うか。
芝の斜面を、転がらないように下る。
しばらく歩くと、ざりざりと、足の下が小石の感触になる。
彼女の死因は、溺死らしい。
川に流されているところを、たまたま通りかかった人が通報したとのことだった。
彼女が本当に、自ら身を投げたのか。
それとも、事故だったのかは分からない。
ただ一つ確かなことは、彼女がもうこの世に居ないということだけだった。
川の水が足先を濡らす。
水面には、溶けた北極星が浮かんでいた。
「結局、貴方からは一度も誘ってくれなかったね。
誘ってくれればさ、どこでも一緒に行ったのに」
あたりは、静かなまま。
ただ水の流れる音だけがあった。
「本当はさ、あの日、苦手って言われて、ちょっと嬉しかったんだよね。
私にとってはさ、貴方は特別な人だった。
凛としていて、何でもできて、それでいて周りに迎合しない。
北極星みたいに揺らがない、ザ特別、って感じだった。
そんな人からさ、苦手って言われて。
最初はめちゃくちゃショックだったけど。
それでもさ、全部どうでもいいみたいにこなす貴方から。
苦手って、ハッキリ言わて、嬉しかった」
水面は何も答えない。
「ずるいよね、私。
勝手に一人で助かって、貴方だけ置き去りにした」
水面は何も答えない。
「そんなずるい私でもさ、また貴方を誘ってもいいかな。
誘ったら、また二つ返事で来てくれるかな。
いつかどこかで、また出会ったら。
今度はちゃんと、最後まで誘うからさ」
水面は何も答えない。
ただ、天の北極を写すのみだった。
どうやら、ずるの上塗りは認めてくれないらしい。
それならそれでいい。答えは聞かない。
未練とも、覚悟ともつかないこの熱はきっと。
何があっても、消えないのだから。
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