第三話:状況を確認しよう

 素早く朝食を食べ終えたら、すぐに行動する。

 俺はたまたま机に置いてあったサモンのデッキを握って、外の様子を見に行った。


 軽く見回す限り、街の建物の配置に変化は見られない。

 道を歩く人も特に変わりない。

 異世界転移というのは俺の考えすぎだったのだろうか?

 いや、そんな事はなかった。


「カ、カードショップがデカくなってる……」


 昨日行ったばかりの近所のカードショップ。

 小さなビルの一階にあった店が、何故か巨大なビルの大型カードショップに変化していた。


「一階がパックコーナーで、二階がシングルコーナー……三階より上は全部フリーファイトコーナー!?」


 どんな構成だよとツッコミたい気持ちを、必死に堪える。

 とりあえずショップの詳細は後だ。他にも変化している箇所があるはず。


「……モンスター・サモナー専門学校の過去問集ってなんだよ」


 近所の本屋にあったのは、赤い表紙の過去問集。

 普通の学校のものもあるが、半数以上がサモン専門学校の過去問集だった。


「確かにカードゲームは複雑だけどさぁ……」


 専門学校を必要とするかね?

 流石にこれ以上の衝撃はないだろう。

 だが帰り道、近所の公園にたどり着いた瞬間、そんな甘い考えは叩き壊された。


「ボクのターン! 《レッドマジシャン》を召喚! アタックフェイズ、いっけー《レッドマジシャン》!」

「《ヒノコ竜》でブロックだ!」


 公園に響くのは小学校低学年くらいの子供達の声。

 そして、子供達の間に召喚されている、立体映像モンスターの声だ。


 俺はその光景を唖然としながら見つめる。

 子供達がやっているのが『モンスター・サモナー』だということを理解したのは、彼らの対戦が終盤を迎えてからだった。

 妙にバニラモンスターばかり使っている気がするが、あれは間違いなくサモンファイトだ。

 そして、アニメ世界では当たり前に存在していたシステム、立体映像と衝撃波が発生するファイトだ。


 俺はその美しい映像を見ながら、一筋の涙を流す。

 感動したんだ。前の世界では夢のまた夢であった、立体映像を使ったファイトがこの世界ではできるんだ。

 今すぐにでも飛び込みで対戦したい。

 だけどその気持ちをグッと堪える。

 今優先すべきは、家族への報告だ。

 俺は重い足取りで自宅へと帰った。


「おかえり。どうだったお兄?」

「普通の皮を被った、とんでもないカオスだった」


 帰宅した俺は街で見た変化を二人に伝えた。


「あらぁ、じゃあスーパーとかはそのままなのね。よかった」

「お母さん、気にする所そこじゃない」

「とりあえず結論を述べるな。この世界は間違いなく、アニメ『モンスター・サモナー』の世界だ」

「やっぱり」


 がくりと項垂れる卯月。

 正直気持ちはわかる。この世界は色々とぶっ飛んでいるのだ。


「卯月、アニメの世界はそんなに嫌なの?」

「アニメの世界じゃなくてサモンの世界が嫌なの!」

「どうして? カードゲームが流行ってるだけの世界でしょ?」

「母さん、流行っているだけじゃないんだ」


 俺は何も知らない母さんに、アニメ『モンスター・サモナー』の世界観を伝えた。


「この世界は良くも悪くもモンスター・サモナー至上主義なんだ」

「トラブルは何でもかんでもサモンファイトで解決してたわよね?」

「しかもカードゲームが関係してないような、政治や仕事にもサモンが関わってくる」

「確か昔見たアニメでこんなセリフがあったわね『デッキは命より重い!』って」

「そのセリフの通り。この世界ではサモンのデッキを持ち、サモンファイトを嗜むのが常識なんだ」

「あら〜、そうなの」


 状況を理解したのか、少し困った顔をする母さん。

 実際は少しでなく困った状況なのだが。


「お母さんカードゲームなんて持ってないわよ?」

「それは俺がデッキを作って渡す。母さんの場合、絶対仕事でも必要になるだろうし。卯月には昔お前が使ってたデッキを渡すな」

「いいけど……お兄、カードあるの?」

「へ?」

「異世界転移でカードも持ち越せてるのかってこと」


 卯月の言葉を聞いて、俺は猛ダッシュで自室へと向かった。

 勢いよく扉を開けて、サモンのカードをしまっていた棚を開ける。

 そこには前の世界と姿変わらず、俺の愛するカード達が眠っていた。


「よ、よかったぁ〜」


 命の次に大切なカード達だ。

 異世界転移で持ち越せていなかったら、ショックで寝込むところだ。

 一応確認のため、カードの内訳を確認する。

 ダブりも含めて全部ある。

 レアリティごとに綺麗に整理しておいて良かったと、これほど思った事はない。


「……あれ? 今五年前だよな」


 カードを見ていて気が付いた。

 五年前には存在しなかったカードも持ち越している。

 正直かなり嬉しかった。

 実際の試合で使えるかは分からないけど、未来のカードがあるのはとてつもないアドバンテージになる筈。


 まぁそれについては、ひとまず置いておいて。

 俺は幾つかのカードを抱えて、二人の待つ一階へと戻った。


「あっ、お兄どうだった?」

「大丈夫。カード全部残ってた」

「やった! これでなんとかなる!」

「とりあえずこのカードを使って、母さんはサモンのルールを覚える。卯月はルールのおさらいな」

「あらあら。お手柔らかにね、ツルギ」

「りょーかい、お兄」


 俺は卯月と実際に対戦しながら、母さんにルールを教える。

 幸いにして『モンスター・サモナー』は基本はシンプルなので、母さんも基本ルールはすぐに理解してくれた。

 問題は応用編だ。


「ねぇツルギ。このカードは今使えるの?」

「使えるけど、まだライフが残ってるから今は使わない方がいい」

「でもライフが無くなると負けるわよ?」

「考えなしにライフを守っても意味がないんだ。それも含めての戦略が大事」

「うーん、難しいのね〜」


 そう、これがカードゲームの常。

 基本はシンプルな癖に、応用編に入った途端難しくなる。

 だけどこれを覚えないと、安心して母さんを外に出せない。


「卯月の方はどうだ?」

「とりあえず回し方は思い出せた。後でもう一回対戦して」

「オーケー」


 卯月は以前、俺と対戦していた事もあるので、サモンのルールもある程度覚えていた。

 使っていたデッキもそれなりに強い。これなら安心して外に出られるだろう。


「ところでさ、お兄。アレどうすんの?」

「アレ?」

「召喚器」


 卯月に言われてハッとした。

 そういえば我が家にはカードはあったが、召喚器が一つもない。


「ねぇツルギ。召喚器ってなに?」

「簡単に言えば、この世界では必須のデバイス」

「でもアレ高かったわよね……さっきCMで12万とか言ってたでしょ」

「それは高いわね〜、ちょっとウチでは難しいかも」


 悲しいかな、我が家は母子家庭。

 そこまでお金が無いのだ。


「とは言っても、とりあえず母さんは買ってよ。多分仕事で使うだろうし」

「アタシらの分は後でなんとかしましょ」

「あ〜、お金が欲しい」


 切実な願いだ。

 せっかくサモンのカードは持ち越せたのに、肝心要の召喚器無くては味気ないにも程がある。

 俺だって男の子なんだ! 立体映像のある迫力ファイトがしたいよー!


「なんか金策ないかな〜」

「お兄、宝くじの当選番号とか都合よく覚えてない?」

「覚えてるわけねーだろ」

「じゃあ株とかどう? 有名な株価の変動とかは覚えてるでしょ?」

「そもそも株を買う金がない」


 残念ながら、未来視チートで金儲けは無理そうだ。

 頑張って新聞配達のバイトでもするか。

 俺がそう考えた時だった。


「……ん?」

「どうしたのお兄?」

「これ、SRのカード」


 俺が手に取ったのは、もう何年も使っていない古いSRカード。

 ちなみにモンスター・サモナーのカードレアリティは、下から「コモン<アンコモン<レア<スーパーレア」である。

 レアリティが高いからといって、必ずしも強いという訳ではない。中には悲しいくらい弱いレアカードもある。

 だが今回の重要ポイントからは少しだけズレる。


「(確かアニメのサモン世界ではSRが結構な値段で取引されていた筈)」


 俺はスマホを手に取り、オンラインのカードショップサイトを開いた。

 大量のカードが画面に表示される中、俺はレアリティでカードを絞り込み検索する。

 そして出てきたのはこれまた大量のSRカード。

 その値段達を見た瞬間、俺の顎が外れんばかりに落ちた。


「……カード一枚に100万とか、マジ?」

「え!? お兄、ちょっと見せて」


 俺のスマホを覗き込む卯月。

 同じくSRカードの値段を見て、目玉が飛び出していた。


「おおおおおお兄! これ、このカード持ってないの!?」

「落ち着け卯月! とりあえず確認したい事がある」


 俺が探しているもの、それは前の世界ではハズレアと呼ばれていたカードだ。

 もしもそれらが、レアリティを理由に高額取引されているのだとしたら……


「……なぁ卯月、ちょっとそこの女神様とってくれ」

「女神様ってこれ? 《ゴッデス・マザー》」

「あぁ、大ハズレSRだ」


 俺は卯月から一枚のカードを受け取り、よく観察する。

 そしてスマホの画面を確認。

 画面に表示されているのは《ゴッデス・マザー》の買取価格だ。


「ハ……」

「は?」

「ハズレSRの買取価格が一枚100万円超えてるとかウソだろ!?」

「はぁ!? これ100万円するの!?」

「正確には105万と8000円」

「十分すごいって!」


 あまりのカード価値に手が震え始める。

 いや、それ以上に俺を動揺させているのは


「なぁ、俺このカード十枚くらい持ってるんだけど」

「……なんでそんなに持ってるの?」

「その、カードショップのくじとかで、ハズレ枠に沢山いらっしゃったので……」

「あぁ、そういう」


 あまりにも弱すぎて女神様と呼ばれているカードだが、かつての俺からしたら邪神以外の何者でもなかった。

 まぁ今はマジもんの女神様なんだけど。


「卯月、母さん。この後の行動はわかってるな?」

「もちろん」

「カードのルール教えてくれるのよね〜」

「「違う!」」

「あら〜、じゃあ何するの?」


 それは決まっている。


「カードショップに、カードを売りに行くぞ!」

「お兄、目が¥になってるわよ」


 未知の大金が目の前にあるのだ、許せ。

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