第86話 王都防衛戦 その4

 イストワール王国が王都ノリアナの西門。


「大賢者様が転移魔法を使ったようだけど……キミが僕の相手って事でいいんだよね?」


 王都を包む巨大な結界を片手で触りながら見上げる少年が独り言のように言葉をこぼし……


「その通り」


 少年の背後。

 先程まで誰もいなかったはずの草原に佇む1人の人物が返事を返す。


「やっぱり……じゃあ、キミが僕の所に来たって事は、我らが〝五死〟のリーダーであるグレイブの所には大賢者様が向かったのかな?」


「御明察。

 流石は〝五死〟のナンバー2、遊殺のベルン」


「はぁ〜……まったく、キミや大賢者様のような大物が出張って来るなんて聞いてないんだけど?

 もっと楽な任務だと思ってたのに……」


「あはは、まっそれは運が無かったね。

 でも……キミ達はそちら側に、私達の敵に回ったんだ。

 そちら側について仕掛けてきたからには、ヤられる覚悟はできてるんだろう?」


「ッ──! これは……」


「どうやらマリア殿の方は終わったみたいだね」


「グレイブと東側に配置してた約2万5000の不死者アンデッドが一瞬で……はは、容赦ないね」


 少年……魔王ナルダバートが最高幹部〝五死〟の1人にして遊殺の2つ名で恐れられるベルンが乾いた苦笑いを浮かべる。


「聖炎領域、領域内に存在する術者が敵と定めた全てを神聖な白き炎で浄化する超魔法。

 マリア殿も派手にやったようだし私も負けてられない……っと、言いたい所だけど」


 言葉を切った皇帝が、自身とベルンしかいない周囲を軽く見渡し……


「西側に展開されていた軍勢はどうしたのかな?」


「キミか大賢者様がここに来ることは予想できたからね。

 伝説に語られる大賢者様や帝国の守護神たる皇帝陛下の前に有象無象が幾らいた所で無駄でしょう?

 だから事前に退かせたよ、現人神様」


「流石はナンバー2のベルン、やってくれるね。

 まぁ、いないものは仕方ない。

 マリア殿の方はもう片付いたようだし、悪いけどこっちもすぐに終わらせてもらうよ」


「はぁ〜……まったく」


 次の瞬間──ベルンの首が宙を舞う。


「ったく、本当に今回の任務で僕達は損な役回りだよ……」


「残念だけど、今のキミ達では役不足。

 私達の相手をしたいのなら魔王クラスを連れて来ないと」


 皇帝が手にしていた白い剣が掻き消えると同時に宙を舞っていたベルンの首が、首を失った身体が……遊殺のベルンが白い炎に包まれて消滅した。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「ハァ、ハァ……」


 王都南門前の草原に乱れた息遣いが鳴り響く。


「あら、グレイブに続いでベルンもやられちゃったようね。

 ふふふっ、まぁあっちは大賢者に帝国の守護神たる現人神が相手だし、2人がやられちゃうのも仕方ないわね」


 黒い髪に黒い瞳の妖艶な美女が何事も無いかのような、呆れたような笑みを浮かべて一人呟く。


「ハァ、ハァ……ふんっ! 仲間がやられたと言うのに余裕だな、〝五死〟艶殺のベロニカ!!」


 そんな黒の美女、〝五死〟が1人である艶殺のベロニカの態度に対して真紅の美女。

 王国騎士団が総騎士団長ネヴィラ・ルイーザが不愉快という事を隠すこともなく眉を顰めて鋭く睨む。


「えぇ、まぁ……」


 ベロニカが軽く周囲を……


「だって、この状況だもの」


 地面に倒れ伏す騎士達。

 そひて、ボロボロのネヴィラを見て困ったような、幼い子供に言い聞かせるような笑みを浮かべる。


「ぐっ、団長……」


「バリアード、ハァ……無理をしなくてもいいんだぞ?

 ハァ、アイツの相手は私一人で十分だ」


「ははは、ご冗談を。

 団長こそボロボロで息も上がっているじゃないですか、休憩なされては?」


「はんっ! 言ってくれる!!」


「はぁ……その心意気は誉めてあげるけど、貴女達じゃあ私には勝てないわよ。

 いい加減に諦めたらどうかしら?」


「私はこのイストワール王国を守護する誇り高き騎士達の長!

 それに……貴様らが狙っているのは可愛い我が姪っ子! たとえこの場で死ぬ事になっても私は引かん!!」


 肩で息をしながら剣を杖にして立ち上がったネヴィラがその剣に、全身に燃え盛る真紅の炎を纏う。


「王姉でもある総騎士団長が引かぬと言うのであれば、総副団長である私が引くわけにはいきませんね!」


 苦笑いを浮かべながらも、闘志に満ちた面持ちで剣を構えるバリアードの剣に纏った白い風が渦巻く。


「……それが貴女達の答えってわけね。

 そこまで覚悟を決めている貴女達に諦めろだなんて、どうやら失礼な事を言ってしまったようね。

 ふふふ、掛かってきなさい! その覚悟を讃えてもう少し相手をしてあげるわ」

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