回し車の家族たち
オダ 暁
回し車の家族たち
もしもし、お久しぶり。あたし千鶴です。
ご・ぶ・さ・た!
電話番号はずいぶん前に変わったよ。ごめん知らせなくて、昔の知合い忘れたくて。兄ちゃんの番号は控えてたんだ。
ああ、ほんと5年ぶりかな、懐かしい。
お父さん、腰痛で歩けなかったよね、あれなんだっけ
そうそう椎間板ヘルニアは完治した?
そう、結構大変だったんだ。手術したのか。
あの女が付き添いしたの?
え、何でお母さんて何で呼ばなきゃならん、勘弁してよ~
お母さんは亡くなったお母さんだけ。
あの女はお父さんの今の奥さんになっただけ。
まさかお母さんて呼んでるんじゃないでしょうね?
もう、兄ちゃんたら裏切り者なんだから。
前はぜんぜん違うかったじゃない?
あの女に洗脳されたんだ…
何?
洗脳されたんじゃない?
彼女は素晴らしい女性ってバカじゃないの、ちょっと美人だからってお父さんだけじゃなく兄ちゃんまで味方にして…あたし、あれから大変だったのよ。お父さん再婚してあの女がやってきたんで高校も中退して彼のアパート転がり込んで。そしたら直ぐにキャバレーで働かされて。彼、解体の仕事やってたけどギャンブル狂でスナックも行くし、おまけに注意したら暴力ふるうし最悪だったわ。殴られて蹴られて、階段から突き落とされて入院もしたんだ。退院したら優しくなってもう暴力振るわないって約束したけど繰り返すから警察に逃げて行ったんだ。それで…
そう、それDV 男!
で、いっさいがっさい捨ててシェルターいうとこ入って男とも連絡しないように保護司さんに言われて…でもあいつしつこいんだ。しつこくライン来るし、あ、ブロック?あんまり好きじゃないんだよね。それに東京から離れた知り合いもいないT県だよ。暇で寂しかったし。だからつい住所教えたんだよね。
おまえが馬鹿だって?だって仕方ないじゃない、教えろって彼うるさいから。保護司さんには悪かったと思ってるよ。それでさ、あいつ、うちまで訪ねてきたんだわ。アンビリバボーでしょ?え、他人事みたい?そうかもしれないね、あたし自分が多重人格かなって思うことあるし今うつで精神科通ってる。
自己中病?そうかもしれないね、国から支援受けて彼にまたDV受けてもう行政には頼れなくて自分でもあきれるほど愚かだと分かってる。でもあたしまだ23だよ、青春真っ盛りなのにこんな人生ありえない、情けない(しばし嗚咽)
彼、今解体の仕事に出てて自宅あるけどここで半同棲みたいな生活。この前友だち来たけど浮気してムカつく~男取られたの二回目だよ!え、何?
くそびっち、って友達のこと?粗大ごみ引き取ってくれて良かったって彼が粗大ごみ…ひどい言い方だね。。兄さん、そんな口悪かったっけ?でも彼戻ってきたよ…ひどい
言いぐさだーくそびっちに破棄されたって。
はいはい、私が悪う御座いました。どうしようもない人間ですよ、だから助けてほしい。
ナマポで最低限の生活は出来るけど寂しいの。友達には何回も裏切らられたし、DV男以外かまってくれる人いないし彼もストレス発散に暴力ふるったり優しくなったりで、わけわからん…
自業自得?そっちの平和まったりな生活を乱す気はないよ。父さんも捜索願出したって本当に?彼氏とこいるの分かって取り下げたんだね、無理やりだと同じことの繰り返しってか…おかげで史上最悪、兄ちゃんあたしもう死にたい!暴力ふるわれるばっかで傷だらけだし惨めで生きてるの辛い。
働け?まっとうな仕事につけったって高校中退だよ、キャバレーしかしたことないし、あたし。関係ないって言われても…ナマポ辞退したらもう受けれなくなるかもしれないし…腐ってるよね~やっぱ。お前の好きにしろって言われても。あの女がいなくなったら家に帰りたい、兄ちゃん。ちゃんと仕事もして普通の生活したい。
生き直せって、…まずはナマポやめて仕事を見つける。それと?DV男らと縁を切る…今の住まいを引き払って違う場所で出直す。言うのは簡単だけどむつかしいよ。ほんとは家に帰りたいの。お父さんとお兄ちゃんとで。あの女、出て行ってくれないかな。
何であたしが我儘なのよ、もともとはあたしたちが家族だったじゃない。あの女が後から入り込んできたんっじゃないの、意味不明。もう疲れたから電話切る。お父さんたちに余計な事言わないでよ、じゃあまた。‥何よ、電話切るなって。沖縄の民宿?あの女の親戚があるから住み込みで働け?冗談でしょ、中居さんなんて無理。従業員募集中って言われても…家に帰ってもニートはまずいって、分かってる、すぐ働くつもり、というか働きたいんだ。こんな死んだような生活で一生終わるくらいなら早く死にたい。
死んだと思って生き直せ、って、そうだね。堂々巡りの会話だね…人生みたいだね、あの世とこの世をグルグル…
兄ちゃんと話できてよかった。おやすみなさい。
永遠にさよなら。
『千鶴は天国に旅立った。発作的か計画的かは不明、遺書すら残されていなかった。最後の兄との会話が唯一の遺書替わりだったかもしれない。永遠にさよなら、はいつものジョークだと思った。昔、自宅で家族三人で住んでた時は、彼女は父や兄に、お休みなさいの代わりに永遠にさよなら、と挨拶してから寝入る習慣だったから。彼女は絶望が染みついた回し車から、ついに逃れることは出来なかった。
千鶴と連絡が取れないのを案じたDV男が帰宅して、ドアノブに紐をかけて自ら首を絞めた遺体を見つけた。彼の家庭環境もまた父親と二人暮らしで幼い頃からDVをあたりまえのように受け、加えて慢性的な貧困。それらは連鎖している。
千鶴は結局どこに逃げてもDV男と離れられない事を知っていた。というより死ぬほど嫌いな男から逃げた後はそれでも好きな男を待っていた、矛盾するようだが。ほかの誰も相手にしてくれないから。それはDV男も同じかもしれない。絶望がまとわりつく自分を嫌悪して死への願望は募っていくばかり。。生きていても死んでも地獄。サドマゾの、傷つけ傷つけられることでしか関わりあえない人間関係。
もしかしたらDV男とはこの世で二人ぼっちのソウル家族。彼女にとって正論や常識でがんじがらめになっている人間の諭しは雑音、彼らは安全地帯で説教している他人で単に傍観者に過ぎなかった。傷跡が彼らの生きている証。そして二人の廻りの人達も皆それぞれに心の闇を抱えているのだろう…千鶴の父親や義母、そして兄。DV男の父親や駆け落ちした母親、出奔したという兄弟も第二の人生を手探りで必死に生きている。
第二の人生は百種百様だけど希望に向かって邁進したいものだ。だが絶望はいつでも人生の舞台隅で控えている、音もなく。
だから幸を願うすべての家族たちに乾杯!!そして魂の叫びに合掌!!』
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