第197話 充実

 観覧車も乗り終え、本格的に解散という事で俺たち四人は帰路に着いていた。


 「んじゃ、お前『だけ』ここでお別れだな」


 「おい、言い方に悪意しか感じられないぞ」


 俺と朝香と陽葵は家の方向が一緒だが、高橋だけは違う。ここでお別れだ。

 それを仲間外れにされたと思ったのか、高橋は俺に向けて抗議の視線を送って来た。


 「いつかまた会おうな」


 「おい?!来週会うよな?!会うはずだよな?!…あ、そっか、お前別のクラスだから会わないかもしれないのか〜」


 「その喧嘩買ってやるよ」


 「お前から始めたんだろ」


 高橋の呆れたような視線に若干イラッときてしまったが、その辺の石ころを蹴る事で抑える。

 あっ、石ころが高橋の脛に!ちょっと痛そうだな。


 「ごめんよ石ころさん」


 「…これ、殴っても許されるやつか?」


 高橋は握り拳を作りながら陽葵を見る。

 反応を求められた陽葵は大きくため息を吐くと、何か汚いものでも見る様な目で俺を見ながら口を開いた。


 「許されるからやっちゃっていいよ」


 「了解」


 「ちょお?!陽葵さん?!」


 「どっちももうやめなさい」


 高橋が襲い掛かる様な素振りを見せると、朝香が俺と高橋の間に入ってそれを止めた。

 助かりました朝香さん。


 「旭、怒るよ」


 「すみませんでした」


 朝香が俺をゴミでも見る様な目で見て来る。

 まぁ、そりゃそうですよね。

 でもね朝香さん。あなたにそんな目で見られるとさすがに心に来ると言いますか…目覚めちゃうかもしれないと言いますか…何にとは言わないけど!


 「…とりあえず俺は帰るよ。これ以上いるとまた何か言われそうだからさ」


 おい高橋。てめぇ、何俺のせいにしようとしてんだこら。


 「旭」


 「すみません」


 一言文句を言ってやろうかと思ったところで朝香に止められてしまった。というかナチュラルに心を読むのやめてください。


 「それじゃ、また来週な」


 「あいよ」


 「またね」


 「気を付けて帰ってね!」


 各々別れの挨拶を済ませると、今度こそ別れ道で解散となった。

 家まではまだしばらく歩く。

 徐々に暗くなっていく世界の中、俺の前方からは女子二人の楽しそうな話し声が聞こえて来る。

 そんな時間も無限では無い。いつか終わりは来るのだ。

 でも、家に帰ると陽葵が「楽しかった」とか、俺が「疲れた」とか言って、今日の出来事を話しながら飯でも食べるんだろう。

 喧嘩したり、協力したり、遊んだり…高校に入ってから俺は、きっと『充実』した日々を送っているのだろう。

 そんな事を考えながら、この時間特有の冷えた空気を吸い込み、吐き出す。

 視界がクリアになり、目の前に広がる世界は薄暗いはずなのに、キラキラと何かが光って見える。そんな気がした。

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