第72話 エプロン

 『これにて前日祭を終了致します。残りは明日の文化祭に向けて最終確認を行ってください』


 最後のバンドの演奏が終わるまで、体育館は騒がしいままだった。


 「んじゃ、戻りますかね」


 「うぃー」


 「あー楽しかったねー!」


 「うん!」


 他の奴らも満足したようでホクホク顔だ。


 「おし、装飾作るかぁ」


 「お前、よく飽きずにやれるよなぁ」


 「業者の人ですかー?」


 「お前らが飽きっぽすぎるんだよ」


 他愛もない話をしながら教室に向かう。

 校舎の中は様々な装飾やポスターで飾り付けられ、すっかりお祭りムードだった。


 「どんなお店が出るんだろうね」


 楓がすごく楽しそうにそう言った。

 楓ってもしかして、中学の頃に嫌がらせを受けて、文化祭を楽しむ余裕なんてなかったんじゃないか?

 だったら楽しんで欲しいな。


 「ね、ねぇ旭くん…」


 「ん?」


 「そ、その…」


 何か言おうとしているが、考えが纏まっていないのか、言葉に困っているようだった。


 「や、やっぱり忘れて!」


 「お、おう」


 そう言って走って教室に向かって行ってしまった。


 「俺らも行こうぜ」


 「いや、さすがにもうちょっと興味持とうぜ」


 「楓ちゃんかわいそう…」


 「俺にどうしろと」

 



 教室に戻ると、クラスの連中が話しながらそれぞれ確認や作業をしているのが見える。


 「旭!」


 呼ばれた方を見ると、エプロンをつけた陽葵がいた。


 「どう?似合う?」


 「何言ってんだお前」


 「いやいや、一応これ、うちの喫茶店の制服って事になってるから」


 「エプロンが?」


 「そうそう」


 陽葵がつけているのは深緑のシンプルなエプロン。

 喫茶店だから大人しめの色を選んだのだろう。


 「全員同じなの?」


 「そだよー」


 「へー」


 意外としっかりした店にするんだな。


 「旭も貰ってきなよ」


 「は?宣伝係はいらなくね?」


 「クラスの出し物だから全員つける事になってるよ?」


 「まじか」


 まぁ、派手じゃないだけマシか。


 「ほらよ、持ってきてやったぞ」


 「うわっ」


 突然布のようなものを頭から被せられたため、前が見えなくなってしまう。


 「てめぇ、その声は高橋だな…窒息したらどうすんだ?」


 「いや、ただのエプロンだから」


 「は?エプロン?」


 被せられた布を取ってよく見ると、陽葵がつけているものと同じエプロンがたしかにあった。

 そして高橋も同じエプロンをつけていた。


 「お前…そのエプロン似合っててムカつくわ」


 「なんでだよ」


 深緑のエプロンが無駄に高橋に似合っていた。


 「流歌君、その色無駄に似合うよね」


 「無駄って言うな」


 高橋と陽葵は仲良さそうに話す。

 そう言えば名前で呼び合うようになったんだっけ。


 「陽葵と高橋って仕事時間同じなの?」


 「うん、そうだよ」


 「なるほど」


 伊織が俺を誘った時、午前中を指定したのはおそらく、午後に陽葵と文化祭を回るためだったんだろう。俺も誘ってくれれば良かったのに…。悲しい…。


 「そう言えば、接客ってどんなことするの?」


 「え、どしたの?やりたいの?」


 「いや、気になっただけ」


 「旭、俺と代わってくれてもいいんだぞ?」


 「やだ」


 俺に接客は向いてないから。


 「別に難しいことはないよ?注文聞いて、届けて、お金とるだけ」


 「会計って言え、会計って」


 お金とる、はちょっと違うだろ。


 「あ、そろそろ戻るね。何か打ち合わせがあるっぽいから」


 「てことは俺もか」


 「まぁ高橋君、せいぜい頑張りたまえ」


 「てめ」


 最後に煽るだけ煽って俺も自分の仕事に戻る。

 さて…いい加減、装飾を作るだけってのも飽きてきたな…。

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