159.大公の依頼

「ほらほら、こうですよ、こう!」


「えっと、こ、こう?」


「ですから、こう!」


「こう?」


 城の訓練場で、ブルースは騎士団長の訓練を受けている。

 騎士団長は騎士鎧を、ブルースは重装歩兵ファランクスの装備で訓練しているのだが、今でこそ訓練しているが最初は断られた。


 それも当たり前で、自分達が手も足も出なかったズー・バウスを簡単に倒した人を訓練なんて、普通はしようとは思わない。

 自分より強い人間をどうして訓練なんて、と断られていたのだ。


 だがこうやって剣を振らせてみると理由が分かった。

 ブルースは全く基礎が出来ていないのだ。

 ローザも訓練を受けているがこちらは基礎が出来ているので、教えたことをその場で理解できている。


「あの強いブルー兄様が下々の者に教えを乞うなんて……流石ですわお兄様! 自らの弱点を補うため、弱者にすら頭を下げるのですわね!」


「エメラルダ、その言い方はちょっと酷いんだよ、ダヨ?」


 エメラルダも訓練場に居るがこちらは基礎はバッチリなうえ、応用編どころか騎士団長ですら舌を巻く技術を持っていた。

 なので騎士に教えている。


 同じくシルバーも珍しく剣を手にし、騎士団を相手に実戦形式で訓練をしていた。


「理論的に説明しているのですが、マスターにお教えすると頭がパンクしてしまうのは何故でしょうか」


「シルバーは細かすぎるんだよ。肘の角度を何度って言われても分からないんだな、ダナ」


 騎士団長とブルースがまともに戦えば勝つのはブルースだ。

 しかし戦場が限定された場合、勝者は入れ替わる。

 

「だんだん良くなっていますよ。しかしまだ腕の力任せに振っていますから、全身を使って扱いましょう」


「は、はい!」


 そんな訓練が終わり、グレイ、いやグラオの屋敷へと戻って来た。

 それにしても訓練が終わった時、一体どっちが訓練を受けていたのか分からない状態で、ブルースは平然とし、騎士団長は疲労困憊ひろうこんぱいだった。


 やはり身体能力は圧倒的にブルースが上だったので、それに付き合わされた騎士団長が少し気の毒だ。


「あ、そうなのだ! ブルース達のお姉さん聖女セイント様はどうしてこっちに来てないのだ?」


 食後のティータイムで、グラオはブルースのひざに乗ってそんな事を聞いてきた。

 大きな丸いテーブルを囲み、ブルース達五人とグラオ、エリヤス大公がいる。

 ギーゼラ皇后と同じ聖女セイントなのと、過去最高の聖女セイントと名高いので会ってみたいのだろう。


「ジーナ姉さんは忙しいからね、仕事以外では国外に行くのは難しいんだ」


 本当はギーゼラ皇后が他の聖女セイントを捕らえている為だが、そんな事をグラオに言っても理解は出来ないだろう。

 それに国の皇后を悪く言うと何が起きるかわからない。


「そうなんだ。じゃあお仕事で呼べば来てくれるのだ?」


「そ、そういう問題じゃないんだけど」


 ブルースが返答に困っていると、大公が助け舟を出して来た。


「グラオ、他国の聖女セイント様の都合は私達では決められないんだよ。それにお呼びするなら相応の用事が無いと失礼だろう?」


「は! そうなのだ、お茶会だけで呼ぶのは失礼なのだ!」


 理解したのか、ブルースにごめんなさいと謝る。


「そろそろ寝る時間だよ」


「わかったのだ父上! ワタシは寝るのだ!」


 そう言って順番に頭を下げて部屋から出て行った。

 グラオを笑顔で見送ると、エリヤス大公は真面目な顔でブルース達に向き直る。


「国境のズー・バウスを退治してくれたこと、私からも礼を言う、ありがとう」


「いえ、僕達も行き詰っていましたから、丁度いい気分転換になりました」


「そう言ってくれると助かるよ。ときにブルース君とエメラルダ君はワイズマン子爵家なんだって?」


「え、ええっと……」


「エリヤス卿、訳がありまして、私はワイズマン家ですが兄は違うのですわ」


「兄妹なのにか? まあ込み入った話しはすまい。それで一つ頼みたい事があるのだが聞いてもらえるかな」


「私達に出来る事でしたら」


 エリヤス大公はティーカップを置いて、テーブルに肘をかけて指を組む。


「騎士団長からも話しがあったと思うが、ギーゼラ皇后を調べて欲しいのだ」


 皇后を調べると言われ、ブルース達もティーカップを置く。

 聖女セイントかどうか怪しいと言っていたが、どうやら騎士団長だけが思っている訳ではない様だ。


「皇后様を調べるって、まさか本当に聖女セイントじゃないって思ってるんですか?」


 ローザがティースタンドからクッキーを一つ取り、パクリと口に入れる。

 スキル鑑定の儀は世界中で行われており、方法はどの国も同じ。

 そして鑑定内容は本人と家族のみに知らされるため、虚偽の報告をする事もない。


 それを疑うこと自体がおこがましいと言われている。


「やっている事は確かに他国の聖女セイントと変わりない。結界を張り、怪我や病気の治療もする。しかし過程があまりに違いすぎるのだよ」


「治療には苦しみが伴う、と騎士団長が言っていましたわね」


「うむ。他の聖女セイントではそんな話しは聞かないし、結界を張る詠唱はまるで呪いの様にも聞こえるんだ」


「オレンジーナの結界はキレイだったんだよ、ダヨ?」


「ああ、オレンジーナ殿が結界を張る所を見た事があるが、美しく幻想的だった。こちらとは大違いだ。何とかもう一度鑑定をさせたいのだが」


「二回も鑑定を受けるなんて聞いた事が無いですよ?」


 ローザの言う通り、なにぶんスキルが変わる事などあり得ないので、生涯に一度きりの儀式なのだ。

 もちろんブルース達の様にボーダーレスになれば話しは違ってくるが。


「……確かに姉さんなら鑑定できるはずですが、そもそも入国できないんですよね?」


「ああ、ギーゼラ皇后は自分以外の聖女セイントの入国を許可していない。何とか隠れて入国できないだろうか」


 ある、と言いたいところだが、その方法を説明できないし、後から密入国と言われても困る。


 考えて置く、とだけ返事をしてその日は解散した。

 五人はブルースの部屋に集まり、何か方法はないかと考えていたが、とりあえず本人に聞いてみようという事になった。


『バレずに入る方法? 密入国にもならないで? あるわよ?』

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