美形屑ファイブ
そして、ようやくたどり着いた、ゴドリー伯爵の帝都邸。
「書類上、お前は私の妻にはなったが、妻として遇することはない」
執務室の豪勢なソファに行儀悪く足を組んで座ったリチャード・アーサー・ゴドリー伯爵様は、まるで敵を見るかのような鋭いまなざしでヘレナをにらみつけていた。
バックには明らかに見下した風の男が四人。
執事と、秘書と、侍従と、騎士と云ったところか。
四人も従える必要はあるのか。
ちなみに、執事が三十代前半、秘書と侍従が二十代半ば、騎士はリチャードと幼馴染または乳兄弟なのではないかと推測した。
そして、全員、それぞれなかなかお目にかかれないような整った容姿。
この場に揃った美形五人すべてが弱者であるはずのヘレナに居丈高な態度をとる。
父とご学友に引き続き、また、顔だけの屑を多数引き当ててしまった。
己はそんな運勢なのか。
これからも出会う男はすべて屑美形なのか。
さすがのヘレナも少しへこんだ。
「いいか、勘違いするな。お前のような者を愛する気はない。一切期待するな」
リチャードに対するヘレナの評価は現在マイナスを通り越してひたすら地面を掘り続けている。
そのうち温泉でも掘り当てそうな勢いだ。
「私が侯爵位を継ぐまでの二年間、両親の前でのみ妻のふりをするのがお前の仕事だ」
あー。
はいはい。
お前呼ばわりですか。
愛する気はない?
そうでしょうとも。
お前も一緒にたっぷり可愛がりますとか言う方が引くわ。
・・・というか、笑わせてくれるわ。
提督だか次期侯爵だか知らないが、なにこの高慢ちきな俺様ぶり全開。
誰のおかげで偽装結婚成立したと思っているんだ、このイカレクズが。
心の中で拳を繰り出し罵倒しながら、にっこり笑った。
「それは、昨日いただいた契約書に書いてありましたので、存じております」
結局、教会の祭壇で新婦の喘ぎ声を聞いてからゆうに三時間経っていた。
リチャード様はどうやら痴態のすべてを風呂で綺麗さっぱり洗い流したらしく、新しい絹の衣装に身を包んで毛先から指の爪までキラキラ輝いていらっしゃるではないか。
プラチナブロンドの長めの髪を後ろへ流し、アクアマリンの瞳はシャンデリアの光を受けてきらきらと輝く。
きっちり左右対称に整えられた眉と適度な高さの細い鼻梁。
貴公子然として容貌は、宮中で女子たちの視線を一身に集めたことだろう。
それなのにこちらと言えば、この部屋に通されたのはとっぷり日が暮れてからで、遠征からよくやく帰りついた馬のように疲れはてている。
つい先ほどになって司祭の控室へようやく迎えの馬車がやってきて、実はどうやらヘレナのことを忘れ去っていたらしいことも判明した。
ちなみに、教会と屋敷の間は馬車で三十分足らず。
律儀に待たずにとっとと叔母の屋敷へ駆け込むべきだったかと己の失策を内心歯噛みする。
「・・・これからの生活について申し渡しておくことがある」
「はい」
よしこい。
どんとこい。
今更なにも驚かないぞ。
「繰り返し言うが。お前はしょせん名前だけの妻で、俺の真の妻、そしてこの家の女主人はコンスタンスだ。一切の権限は彼女であり、使用人の差配、夜会や茶会への参加のすべては今まで通りコンスタンスがやる。俺が指示しない限り、貴族との交友は許さん」
「はい」
「当然、俺の隣の女主人部屋はコンスタンスだ。お前は敷地内の別邸で暮らせ。そして、そこから出るな。本邸への立ち入りを禁ずる」
「はい」
「どうせ贅沢な暮らしを当てにしていたのだろうが、諦めるのだな。お前はしょせん金で買った女に過ぎず、使用人と同列だ。こちらにドレスや宝石を要求するな。すでにお前の父親に多額の金を払っている。どうしても欲しいなら、頼んで融通してもらえ。それ込みの契約だ。そもそも持参金なしにしてやったのだから感謝しろ」
その金がどうなったかわかっていながらそれを敢えて言う。
鬼畜だ。
「はい」
目を伏せてヘレナは答えた。
持参金が用意できるような家なら偽装結婚は成立しない。
わざわざご指名に預かったというのにこの仕打ち。
感謝しろとか、どの口が言うのだろう。
まれにみる面の皮の厚さだ。
「諸所、承知しました」
何事もあっさり頷くことは想定外だったのか、リチャードは白く美しい額にわずかなしわを寄せてじっとヘレナを見つめる。
「・・・嫌に従順だな。何か企んでいるのか」
今度は企んでいるのか、と?
なら、少しは踏み込んで見せても良いか。
「今はこの家の流儀が何もわからない状態なので、『はい』と答えるしかありません。ただ」
「ただ?」
「一つだけお願いがあります」
「・・・なんだ。聞くとは約束せぬが、とりあえず言ってみろ」
明らかに、面倒だという声を前面に出す。
それにひるんではならないというのは、これまでの経験から十分にわかっている。
「その、私がこれから過ごす別邸ですが。今から貴方様と執事、秘書・・・。少なくとも三名ご同行願います。そしてご一緒に施設内容の確認のうえ、どのように暮らせばよいのかきちんと教えていただきたいのです」
ヘレナの要求に、リチャード本人だけでなく背後に控える男たちも顔をこわばらせた。
「なんで俺がわざわざ・・・」
おそらく、この話を切り上げたらすぐにでもコンスタンスの寝台へ飛び込むつもりだったのだろう。
彼の全身から発せられたイライラとした空気が部屋を包み込む。
「契約というものは、何事も確認が必要かと思います。ましてや我々は本日初めて顔を合わせ、これから二年その生活を続けねばなりません。偽装結婚は貴方様自身初めての試みですよね?綿密に準備なされたでしょうが、慣れない故に想定外のこともあるかもしれないとはお思いになりませんか。私が何度も皆さんを呼び出してしまう事態になるよりも、今、一括で片づけた方が楽だと思うのですが」
見た目が十代前半の極貧地味顔小娘がここまで言うとは思わなかったのだろう。
彼らは口を半開きにしてヘレナを見つめている。
「わたくしの勝手な推測ですが。これほどの規模のお屋敷であれば、たった一つの指示でも幾人もの使用人を通してようやく実行することとなります。しかもこれほど変則的な内容、現場は混乱し、上の方の計画通りにいかないこともあるかと思うのですが。それとも、みなさん。昨日の今日ですべて間違いなく行われていると自信をもって断言できますか?」
ちょっと、挑発してみた。
この手の男たちはプライドが教会の鐘楼よりも高い。
仕事ができてないのではと言われると、意地になるだろう。
そもそも・・・。
ヘレナの予想が当たっていればおそらく。
「・・・そこまで言うなら、今すぐ案内しよう。お前たちも良いな」
「はっ」
かかったな。
逆なでされた男たちは、簡単にえさに食いついた。
全員、やる気満々だ。
出走直前の競馬馬のように逸っている様子に、ヘレナは心の中で勝利のこぶしを握る。
この屑五人が揃ったところでたいして事態は好転しないかもしれないが、下位の使用人に別邸まで案内されるよりはるかにましだ。
「願いをお聞き届けくださり、ありがとうございます」
「お前の願いを聞いたわけじゃない。これは、仕事だ」
結局、リチャードとゆかいな仲間たちは不満といらだちをあらわにし、ヘレナを引っ立てるようにして執務室を後にした。
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