第六十五話 ハナ…偶然
私は馨の仏壇に手を合わせた。喫茶モリス及びBARモリスは休みの日。
亡き夫は写真の中でしかもう見ることができない。屈託のない笑顔。忘れないと前に進めない。
「エステのお店辞めたって?」
「また阿笠先生から聞いたの? 電話きた時に少し話したら内容がすぐ伝わっちゃうなんて」
「すまん、つい話してしまう。でも仕事はどうするんだ。何だったらここで働くか?」
「ここに私のファンの方が常連としてくるでしょ? 本当は忙しそうだからお手伝いしたいけど……いいいわ。ありがとう」
「みんな喜ぶと思うけど……」
私は首を横に振る。前のバンドの時も事故の後、当時の楽曲も写真も映像もSNSから削除してもらった。でも音源はロミとニーナに判断を委ねた。私は次に進むためにもと思い、捨てた過去。
清流ガールズとしての過去も忘れていかないと……私は前に進めないと思う。
昔からそんな気がする。物を捨てるのが趣味に近い。物にあまり執着しないというか……無くなっても気にしない。家族と一緒。
……。
馨……、たまにお墓参りくるから。お義父さんを見守っててください。
私はもう一度手を合わせてお店を出た。この後スマホを変える。電話番号も。住む場所も変えて新しい部屋も借りた。県外も考えたが、自分の条件的にせいぜい遠くに行けても隣の市しか最適ではなかった。また働いてお金貯めたらこの県から出る。
あの18歳の時に勇気を出して家出したころと同じように。
◆◆◆
スマホも解約して新しいスマホに。電話番号も変えた。
森巣花に戻り、私は今度から物流倉庫で働く。あそこなら人も多いし、たくさん稼げるし、私服でもいいし。
27歳……選べる仕事はほとんどなかった。エステはやっぱり私には向いていなかった。
……私はこのままどうなるのか。
本屋さんの前を通ると、雑誌が所狭しと並んでいる。アイドルがたくさん。女の子だけでも数えきれない。男の子のアイドルも……。
その中で知ってる子は少ししかいない。私はその中の一人にいたと思うとファン以外の人にどれだけ認知されていたのだろうか。多分知ってても報道で知った人くらいだろう。
笑顔で笑う女の子たち。屈託のない笑顔で際どい水着を着てる、どんな心境? 私は嫌だったよ。
雑誌を手にしてニヤニヤしながら見る男の人。……軽蔑する。
この中に何人枕した人がいるんだろう。大野ちゃんは親に言われて枕して仕事もらってたとかいうけど、大野ちゃん、色々と大変だったから幸せになって欲しい。
音楽雑誌コーナーはロミとニーナが表紙に出ていた。私たちが事故に遭わなかったらこうやって表紙に載ってたのかな。あの頃とはまた違ったテイスト、あのビジュアルのまま出てても出落ちで生き残れなかったかもしれない。
映画雑誌の表紙は由美香さん。また主役。すごいけどまた共演者とくっついてしまうのだろうか。でも相手は既婚者。くっついて家庭を壊して慰謝料請求されるから他の無難な若手俳優……ああ、この辺りと付き合いそう。由美香さんと付き合うとその芸人や俳優は売れるらしいのよね。でも……そろそろ落ち着きなさいよ。
悠里ちゃんは心配ないかな……うん。最近綺麗になった気がするけどメイクの仕方を変えたからかな。
ダメだ、今はなんかヤサグレていて全てに対してネガティブな感情しか抱けない。
なんだろう、私が名古屋で一人暮らしをしてる時は辛くても売れなくてもなんとなく大丈夫、という気がしたけど、今はなんだろう、27歳になって色々見てしまって何も面白くない。
あの時は馨と出会って私は変わった。アイドルになった時も大野ちゃんと出会って変わった。
自分自身で切り開いたものではなかった。だから自分というものがなくて人に影響されやすくて流されやすくて少しでも何かあるとダメになってしまった。
今度は私、どうなってしまうんだろう。どうにでもなれっ、ダメだ。
ププッー
とクラクションが鳴る。振り返ると……阿笠先生の車……。2シーターの。手を上げて私を見ている。
◆◆◆
私は車に乗り込み、阿笠先生が少しドライブしたいから付き合って欲しいと。
番号を変えたことは伝えていない。もう彼と会うのも最後にしようと思っていた。
一度私たちはベッドを共にしたけど、最後まで辿り着けなかった。お互いに最愛の人を亡くしてそれを埋めるためだけの行為だと思うと虚しくなってしまったからだ。
でもそれ以来フラットな関係でいた。一緒になればいい、なんて言われたけどやはり私を助けてなければ阿笠先生の家族はなくならなかった。
「あっという間に雰囲気が変わってしまったね」
「そうですか? もとはこんなんですよ」
「そうだったね。あの頃の見た目と同じくらいツンツンしていたけど実際君は柔らかい女の子だった」
「それ、何度か聞きました」
「そうだっけな……」
阿笠先生も40近いんだよね。……確かに彼と結婚したら安泰かもしれない。でもやはりその気にはなれない。
「花ちゃん、トクさん覚えているよね」
「もちろんよ……」
「あいつも変わっちゃってさ」
「会ってるの?」
「うん、会いに行ってる。家から出ないんだよ、あいつは」
……とても馴れ馴れしくいうから仲良くなったんだろうか。
「ようやく仕事できるまで復帰できたらしいけどさ、もうかなりの落ち込みようで」
「そんなに……」
「無精髭でさ、覇気もない……あんなに喋る男が頷くことしかしなくなった」
「トクさん……」
「君たちが生きがいだったんだよ、彼は」
「……」
「もちろん僕もだけど。君がアイドルやめたら僕は花ちゃんとデート、またできるなぁ……あ、今もデートか、はははっ」
これ、デートなんだ……。
「ふははっ、花ちゃん独り占め。トクさん羨ましがるかなぁ」
たまに見せる阿笠先生の不気味な笑い。もし私がアイドルにならなかったら、私たちは普通に付き合って今頃結婚してたのかな、なんちゃって。
このあとレストラン行った。……お店を出たらもういい時間。
「美味しかったです。ありがとう……」
「こちらこそ、付き合わせてごめんね。もうこれで悔いもない」
「悔い?」
「こっちの話……」
車はどこに向かうの。最後二人で……馬鹿、何考えているの。
とあるコンビニで車は止まった。
「頼みがあるんだが、ジュースを買ってきて欲しい」
と1万円を渡された。阿笠先生も出てくればいいのに。
「好きなのも買ってきておいで。僕、電話しなきゃいけないから。あとで行くよ」
……私は頷いてその1万円を財布に入れ、車から降りた。
好きなものって……。私はコンビニに入った。ジュース……、アイスもいいかなぁ。このあと二人で食べるのもいいかもしれない。お酒……うん。あと……。
私は目の前に見覚えのある人が立っているのに気づいた。でも違うような……うーん……髪の毛ボサボサだし……無精髭で……無精髭!!!
私は勇気を持って声をかけた。その人に。
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