鬼辛赤ラーメンの真相
「この謎の肝は、財布が自分の物ではないと嘘をついた理由にあります」
得意げに胸を張りながら自らの推理を披露し始める。
「謎の発端となったこの財布。財布そのものも新しい上、中には決して少なくない額のお金が入っています」
通常であれば手放す理由も、嘘をつく理由もない。
「なぜ嘘をついたのか。人が嘘をつく理由の多くは、何か後ろめたい事情がある時です」
「それはさっきも聞いたが、財布の中には小銭と半券だけで変なものは別に入っていなかったんだろ? 他に何か後ろめたい事情があるって言うのか?」
「いえ、後ろめたさの理由はこの財布にあります」
「はあ? だから財布の中にはーー」
「ですから、この財布の存在そのものが後ろめたい理由なんです」
ビシリと、財布を指差す。
俺は意味がわからず頭に疑問符を浮かべるが、彼女はお構いなしに推理を続ける。
「中に入っている小銭は偽装された物ではありませんでした」
「あたりめーだろうが」
そんなの大事件じゃねえか。
「正直あんな地雷臭いラーメンを食べる人の人間性を疑いますが、別に半券に不審な点はありません」
「そこまで言うことはねえだろ」
食ったら美味いかもしれないだろ? …………俺は試す気はないが。
「中に入っている物に問題がないのなら、この財布そのものを疑うのは自然なことです」
自然なことって…………。
「いや、変だろ。なんで普段から持ち歩いてる自分の財布が後ろめたい理由なんだよ。そっちの方が不自然じゃねえか」
「そう、普通はそうなんです。自分の財布に対して後ろめたさを覚えることなんてありえません。だからこそ、それが嘘をつく理由となるのです」
「…………ん? それってどういう」
「いえ、もっと正確に言いましょう。鬼辛赤ラーメンを食べていたあの2人とも、嘘をついてはいないんですよ」
「はあ!? じゃあなにか! 2人ともこの財布の持ち主じゃないってのか?」
「その通りです」
「その通りですって、財布の中に入ってた鬼辛赤ラーメンの半券があの2人のうちどちらかがこの財布を落とした証拠だって、お前が言ってたことじゃねえか」
「その通りです」
「いや、だからその通りって…………言ってることが矛盾してるじゃねえか」
「矛盾していません。この財布を落としたのはあの2人のうちどちらかですが、この財布の持ち主はあの2人のどちらでもありません」
頭がこんがらがってきた。
だが次に彼女が発した言葉が、この訳のわからない状況に終止符を打った。
「この財布の持ち主はあの2人ではない。ですが、この財布を
「…………あ」
疑問が全て解けた。頭の中のモヤモヤとした塊のようなものが、スーと消えるのがわかった。
「おそらくこの財布ですが、あの2人のうちどちらかが拾った財布何だと思います」
拾った財布の中身を使った。それはつまりーー
「…………つまり、ネコババしたってことか?」
「ええ、間違いなく。そう考えれば全て説明がつきます。この財布を拾った人間、そうですね仮に容疑者Xとしましょうか」
「容疑者X」
ただのネコババヤロウにしては随分と大仰な名前だ。
「時期はわかりませんがこの財布の元の持ち主は財布を落とし、容疑者Xに拾われてしまった。そして容疑者Xは財布に入っていたお金で鬼辛赤ラーメンを買いました。それが今日の昼休みのことです。そして容疑者Xはこの財布を落としてしまったのです」
この食堂、マンモス校の食堂というだけあってピーク時の混み具合は凄まじいものがある。人混みに溢れ混雑した食堂で落とし物をするのは何の不思議もない。
「そして、今度はお前が拾った」
何とも数奇な巡り合わせだ。
「そうです。そして中に入っていた半券を頼りに私たちは元の持ち主を探そうとしました」
だが見つからなかった。
当然だ、元の持ち主はあの2人ではない。容疑者Xにしても他人の財布をネコババした挙句落とした後ろめたさがあるはずだ。それを自分の物だと主張するなんてよほど面の皮が厚くなければできやしない。
「じゃあどっちなんだ、容疑者Xは?」
候補は2人。友人と盛り上がっていた2年生と、1人で食べていた1年生。
「当然、1人で食べていた1年生です」
彼女は即答する。
「なぜそう言える?」
「この財布にはもう一点、不自然な点があるからです」
「不自然な点?」
なんのことかわからず、首を傾げる。
「そうですね。一回シミュレートしてみましょうか。販売機で食券を買うところから始めてみましょう」
「シミュレートって」
意味はわからないが、とりあえず従うことにする。
「まず、財布から金を取り出して『鬼辛赤ラーメン』の食券をを買うだろ。で、その食券をおばちゃんに渡して半券を受け取ってラーメンを待つ」
「ストップです。その瞬間、財布はどこにありますか?」
「どこって、まあポケットの中にしまってるだろーー」
そこまで言って気がついた。
「……半券が財布の中に入らない」
「その通りです。普通、販売機で食券を買ったら、そのあと財布を使用することはありません。財布はポケットの中にしまわれるか、手に持っていたとしても、中身が落ちないようにしっかりと閉じるはずです」
「どちらにしても、半券が財布の中に入ることはないな」
俺も普段食堂を利用しているのになんで気づかなかったんだろう?
俺だったら貰った半券はお盆の上に乗せて、食器を返すときに近くのゴミ箱に捨てている。おそらく大抵の生徒もそうするだろう。
「じゃあなんで財布の中に入っていたんだ?」
「おそらくもう一度財布を開く機会があったのでしょう。その時半券を手にしたままだったため、財布を開いたついでに中に入れたと考えれば辻褄が合います」
「財布をもう一度開く、か」
そこまで言って思い出した。
「……自販機の牛乳を飲んでたやつがいたな」
1人で食べていたあの1年は、パックの牛乳を少しずつ飲みながら『鬼辛赤ラーメン』を食べていた。
「お察しの通りです。容疑者Xは彼です」
つまり、容疑者Xこと、1年の男子生徒は拾った財布をネコババして『鬼辛赤ラーメン』を買って、それを買った直後に辛さ対策のつもりなのか牛乳を買い、さらに財布を落としてしまったと。
なんてふてぶてしい野郎だ。
「で、結局この財布はどうするんだ?」
謎は解けたが元の持ち主はわからないままだ。
俺の問いかけに対し、彼女はイタズラっぽく笑う。
「もちろん職員室にでも届けて持ち主を探してもらいますよ。……ああ、その前にネコババした中身を返してもらいますけどね」
「いやー、本当に助かったっす!」
教師に財布を預けようと職員室に訪れた時、偶然にも財布の紛失を届け出ていた男子生徒がいた。
「入学祝いに買ってもらったもので、失くしたと気づいた時には泣きそうになりましたよ、本当に」
落とし主は頭皮が見えるほど髪を短く刈り上げた小柄な男子生徒だった。彼は財布が見つかった喜びに顔を緩めながら、何度も頭を下げてきた。
「中身はいいからせめて財布だけでも戻ってきて欲しいと思ってましたが、まさか中身も完全に無事だったとは。いやー! 本当に運が良かったっす!!」
本当に彼は運がいい、最後に拾ったのがこの女で。
謎解きを終えた俺たちはあのあと容疑者X、つまりネコババの犯人である1年生を糾弾しに向かった。
最初はスッとぼけていたが、俺が軽く睨みを効かせると青ざめながら自白した。
そして使い込んだ小銭を元に戻すことを条件に学園側に言わないと約束して、俺たちが届けることになった。
「このお礼はいつか必ずするっす!」
暑苦しいまでにお礼を言われ続けそろそろ鬱陶しく思い始めてきたところ、タイミングよく昼休みが終わるチャイムがなった。
財布の落とし主は礼を言いながら教室へと戻っていく。それを眺めていた彼女は、いやー良い事しましたと満足げだ。
「さて、そろそろ授業が始まりますね、今日はありがとうございました」
そろそろ行かないと、と呟く。
「では、また会いましょう」
そう言うと彼女は振り返ることなく去って行った。
「…………
これが、俺とあの女のファーストコンタクト。
この時の俺はまだ彼女のことを多少変なところはあるが、親切で可愛らしい女子だと思っていた。
だが数日もしないうちに、彼女のヤバイ逸話を耳にすることになる。
曰く、人様の恋愛沙汰が大好きでそれを追いかけ回している。
曰く、そんな恋愛についての情報を集めるためなら手段を選ばない。
曰く、情報収集のためにメモ帳を片手に学園内をうろついている。
曰く、なぜか人通りの多い中庭の木の上に潜伏しているところを目撃された。
曰く、デート中のカップルを尾行しているところを職質された。
曰く、無断恋愛禁止を掲げる学園内で、自由恋愛認可を訴えビラ配りを行い教師に連行された。
など、出るわ出るわ怪しげな逸話が。
個性的な生徒が多いことで知られるこの学園において、入学して1ヶ月足らずで学園一の変人の異名を授けられた女。
学園一の不良と呼ばれる俺以上に周囲から畏れられ、警戒されるヤバい女。
この女との再会は、それから数日後のことだった。
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