第27話「五人目の被害者」


 翌日の夜のことでした。


「キャー!」


「シャルロット嬢!」


 大きなホールで開かれた舞踏会。

 一人の令嬢が倒れ、周囲が騒然となります。


「どうしたのかしら」


 人垣の間から様子を覗き見ると、シャルロットと呼ばれた令嬢が倒れていました。


「シャルロット! シャルロット!」


 その父親と思われる男性が必死に呼びかけていますが、令嬢はピクリとも動きません。


「亡くなっていますね」


 シュナーベル卿が呟きます。

 シャルロット嬢の肌は青白いを通り越して紫色に染まっています。

 顔とデコルテには、さらに深い紫の斑点が見えます。


「毒だわ」

「前の四人と同じよ」

「なんということでしょう」

「犯人はまだ捕まらないの?」

「そういえば、シャルロット嬢にも婚約者が……」


「カンタン・ジュレ男爵令息よ」


 誰かの呟きを合図に、ジュレ男爵令息に視線が集まりました。

 彼は婚約者が亡くなったというのに駆け寄るでもなく名を呼ぶでもなく、青い顔で立ち尽くしているだけです。それだけ衝撃が大きいと言うことでしょうか。


「やはり、彼が?」

「だって、ほら……」

「先日の夜会には別の方をお連れでしたもの」

「それを言えば、シャルロット嬢も……」

「婚約解消も近いと聞いていましたけど」


 五人目の被害者のシャルロット嬢も、『婚約者と揉めていた』ということです。

 あまりにも不自然に、状況が似通っています。


「あいつを捕まえてくれ! あいつが殺したんだ!」


 シャルロット嬢の父親の叫びに応えて、騎士たちがジュレ男爵令息を拘束するために動き出しました。第一騎士団です。大きな舞踏会なので、警備を担当していたのでしょう。


「お待ちください!」


 それを止めたのは一人の青年でした。

 はしばみ色の瞳に亜麻色の髪が印象的な青年です。


 どこか、見覚えのある顔立ちです。


「どちら様ですか?」


「ミロシュ・バルターク。彼の友人です」


「これはこれは、バルターク卿。首都にお戻りだったのですね」


 彼の名を聞いた途端、騎士たちの態度がガラリと変わりました。


「名門バルターク侯爵家の後継者です。第三騎士団の副団長で、先日まで西方の国境に派遣されていたはずです」


 シュナーベル卿が耳打ちで教えてくれました。


「お若いのに」


「お若く見えますが、デラトルレ卿よりも年上のはずです」


 では、二十五歳よりも上ということになります。そうは見えません。

 青年と呼ぶのは失礼でしたね。


「カンタンは確かにシャルロット嬢とうまくいっていませんでした。しかし、それは互いに承知の上でのこと。そうですね?」


 最後の問いかけは、シャルロット嬢の父親へ向けられました。

 父親がぐぅと唸ります。


「そうなのですか?」


「……そうだ。二人とも、他に恋人ができたので婚約を解消すると」


 会場中にざわめきが広がります。


「円満に婚約を解消する予定だったということ?」

「では、どうして?」

「何か重大な秘密を知られたとか?」

「そもそもジュレ男爵令息は犯人ではないのかしら?」

「動機がない上に、殺せば自分が真っ先に疑われますからな」

「では真犯人は?」

「おお、怖い」

「まだ続くのかしら……?」


 好奇心、猜疑心、恐怖心……。

 さまざまな感情が広がっていきます。

 令嬢の中には顔色を悪くしている方も少なくありません。


「彼を拘束する前に、まずは事実関係を明らかにしていただきたい」


 バルターク卿が言うと、ようやく騎士たちが動き出しました。

 令嬢の遺体を検分するために医師を呼ぶ声、倒れた時に周囲にいた貴族たちへ事情を聞く声、食器やグラスを回収する音、さらに駆けつける騎士たち……。


 とても舞踏会を継続できるような状況ではありません。


「残念ですが、舞踏会はここまでですね」


 主催者がため息を吐きました。


「ここにいらっしゃった方々には、後日お話を伺うことになるかもしれません。ご協力をお願いします」


 騎士のセリフを合図に一人、また一人と会場を後にしていきました。


「我々も帰りましょう」


「そうね」


 シュナーベル卿に促されて、私たちも会場を出ます。


「失敬」


 玄関ホールで私を引き止めたのは、ミロシュ・バルターク卿でした。


「お帰りになる前に、ご挨拶をさせていただけませんか?」


「わざわざ、ありがとうございます」


 手を取られて、その時になって気がつきました。



 私は、この方を知っています。



「……アドルフ・バルターク卿の、お兄様ですか?」


 フェルメズ王国との戦で重傷を負って捕虜となり、国境近くの街で私が看取った騎士。

 その榛色の瞳は、彼とそっくりなのです。

 アドルフが『自分には兄がいて、とても立派な騎士だ』と話していたことを思い出しました。


「はい。弟を看取っていただいたお礼もせず、ご挨拶も遅くなって申し訳ありません」


 手袋越しに、バルターク卿の唇が触れました。


「ミロシュ・バルタークと申します。どうぞ、お見知りおきください」


「前線にいらっしゃったと伺いました。ご無事のお戻り、何よりです」


「ありがとうございます。ゆっくりお話ししたかったのですが、今夜は難しいですね」


「よろしければ、今度、私の屋敷においでください」


「よろしいのですか?」


「もちろんです」


 にこやかな笑顔が、アドルフにそっくりです。

 彼も痛みに耐えながらも笑顔を絶やさない人でした。





 その帰り道の馬車の中、シュナーベル卿は渋い顔をしています。


「バルターク卿をご招待されるのですか?」


「ええ。アドルフのこと、お話ししたいわ」


「……」


「どうしたの? そんな顔をして」


「どんな顔に見えますか?」


「……不機嫌?」


「はい」


「どうして不機嫌になるの?」


「バルターク卿が名門侯爵家の後継者で、騎士団の副団長で、独身で、婚約者がいらっしゃらないからです」


「……まさか、やきもち?」


 そう尋ねると、シュナーベル卿の顔色が変わりました。

 バッと音がしそうなほどの勢いで身を乗り出してきます。


「ええ、そうです。やきもちです」


「大丈夫よ。私の第一の騎士は貴方よ? 他の人に替えようとは思っていないわ」


「……」


「……」


「いえ、いいです。自分が悪かったです」


「何が?」


「気にしないでください」


「そう?」


「……それはそうと、バルターク卿にはお気をつけくださいね」


「どういうこと?」


「先ほどもお伝えした通り、バルターク卿は名門侯爵家の後継者ではありますが……。実は、現侯爵の嫡子ではありません」


「婚外子ということ?」


「いいえ。現侯爵にはお子さんがいらっしゃいません。ミロシュ卿は現侯爵の甥にあたります」


「それなら、よくある話ではないの?」


「もちろんです。しかし、未だに現侯爵と養子縁組が済んでいないのです」


「つまり、一応は後継者だけど現状では相続権を持っていない、ということ?」


「その通りです」


「現侯爵と仲が悪いのかしら?」


「ミロシュ卿の母君の身分が低いことが問題のようです。父君も侯爵家の家督には興味がなく、医者をしていらっしゃいます」


「今後、揉めそうね」


「ええ。ですから、ミロシュ卿の結婚相手が重要になります」


「そういう条件なら、実権よりも身分の高い女性が理想的ね。ミロシュ卿の子には身分の問題がないことになるから、親族も説得しやすいわ」


 そこまで話して、やっと気がつきました。


「私は彼の結婚相手としては最適、ということね」


「そういうことです」


「考えすぎよ。それに、もしきちんと申し込まれたなら、こちらもきちんとお答えするだけだわ」


 その数日後。

 まさか、本当に求婚されるとは思ってもみませんでした。


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