第22話「決闘の行方」
決闘は五日後に行われました。
ドルーネン卿は場所にはこだわらないと言いましたが、せっかくなので騎士団の剣闘場を貸し切りました。国の剣術大会も行われる大きな会場です。
「ずいぶん集まったわね」
会場は見物客であふれています。
「人気者ですね」
相対したドルーネン卿は楽しそうに笑っています。
「応じていただけたのは、意外でした」
「そうかしら」
「もう少し、頭の固い方だと思っていましたよ」
「そうね。普通なら断るところよね」
「理由をお伺いしても?」
「そういう話は、終わってからにしませんか?」
腰に下げた
「ははは!」
同じく、ドルーネン卿も剣の柄を握りました。
「やはり、貴女の本性は『剣士』だ!」
彼の言う通りなのかもしれません。
──胸が熱い。
私は胸の高鳴りを抑えることができませんでした。
楽しみにしていたのです。
彼との『決闘』を。
「熱いな! 良い『決闘』になる!」
きっと、そうなるでしょう。
「これより、ヒルベルト・ファン・ドルーネンとシーリーン・アダラートの決闘を始める!」
審判が高らかに宣言します。
「構え!」
鞘から引き抜いた
「はじめ!」
合図と同時に斬りかかりました。
──ギンッ!
上段から振り下ろした刃は、あっさりと受け止められます。
──ギンッ! ギンッ!
その流れで繰り出した激しい連撃も、鮮やかに捌かれてしまいました。
弾かれた勢いを使って、今度は低い位置から胴を狙います。
──ギンッ! ギンギンッ!
回転を使った速さのある攻撃でしたが、これも簡単にいなされました。
今度はドルーネン卿の胴払い。
──ガキンッ!
なんとか剣の腹と腕で受け止めましたが、弾き飛ばされてしまいました。
そのまま一度距離をとると、ドルーネン卿がニヤリと笑います。
「期待以上だ!」
──ワァー!
会場から湧き上がる歓声。
私の両腕がビリビリと痺れています。
重い。
上背も体重も大きな差があるのですから、当たり前のことです。
剣の重みの差は歴然。
「まるで
彼の言う通り、私の剣術は舞の動きを応用しています。
重さのない私にとっては、いかに速く巧みに攻撃を繰り出すか。それが重要でしたから、そのために編み出した型です。
ところが、その回転を生かした速さのある連撃も見事に捌かれてしまいました。
さて。
この決闘、私は勝つことができるのでしょうか。
「戦場であれば、ドルーネン卿は貴女の敵ではないでしょう」
ドルーネン卿が言い当てた通り、私は毎日の鍛錬を欠かしたことはありませんでした。
付き合ってくれたのはシュナーベル卿やデラトルレ卿です。
前日にも、シュナーベル卿と汗を流しました。
「どういうことですか?」
「ドルーネン卿は、間違いなく天才です。彼の剣術は、持って生まれた天賦の才能です」
「ですが、貴方は勝ち越しているのでしょう?」
「はい。私は『騎士』ですが、彼はただの『剣士』ですから」
「ただの『剣士』……?」
「彼は確かに強い。しかし、本当の『剣の重み』を知りません。戦場に出たことがありませんから」
ドルーネン卿の所属する第一騎士団は首都の防衛を担う騎士団です。
戦時中でも、よほどのことがない限り首都からは動かないと聞いています。
「純粋な剣術の腕だけなら、お嬢様はギリギリ敵いません」
シュナーベル卿の言いたいことはよく分かりました。
「……では、勝つためには覚悟を決めなければなりませんね」
握りしめた
決闘では刃引きされた刀剣を使う決まりになっていますから、この決闘のために大急ぎで準備したものです。
この刃では人は斬れません。攻撃が当たっても打撲程度でしょう。運が悪ければ骨くらいは折れるかもしれませんが。また、決闘では首から上を狙うことは禁止されています。
これは『決闘』とは言いつつも、『剣術の試合』の域を出ないのです。
「覚悟、か」
目を閉じれば、あの光景が瞼の裏に浮かびます。
激しい怒号、鉄が鉄を打つ音、走り抜ける蹄の音、舞う砂煙……。
弾け飛ぶ血肉、仲間の断末魔。
死の間際の憎しみの満ちた双眸。
──私は、『戦士』だ。
立ち上がった私に、ドルーネン卿が笑います。
「もっと楽しませてくださいよ!」
そのセリフを合図に、周囲の音が消え去りました。
私の目と耳は、ただ目の前の
今度は向こうから仕掛けてきました。
──ギンッ!
倒した剣で受けますが、そのままでは押し負けてしまいます。
横へ受け流しましたが、その動きは読まれていました。
──ザンッ!
鋭い斬撃が私の髪を掠めます。
ハラリと舞う黒髪の向こうで、さらに一歩踏み込んでくる敵の姿を捉えました。
──ドッ!
回転しながら足を狙った私の剣が、彼のふくらはぎに食い込みます。
「ぐぅ!」
低いうめき声。
振り下ろされた剣を避けながら反転。
置き去りにした剣の代わりに、足を振り上げます。
私のつま先が彼の肩を掠めました。代わりに身体が後ろへ傾きました。
その隙を、彼が逃すはずがありません。
無防備になった私の胸を狙う鋭い突き。
──かかった!
刃の切っ先を避け、その右手を手刀で叩き落とします。
やぶれかぶれの攻撃をしゃがむことで避け、そのまま足を払いました。
大きな身体が地面に伏せるのと同時に、その背に全体重をかけた膝蹴りを落とします。
「ぐわっ!」
あとは、首を落とすだけ……。
「そこまで!」
審判の声に、ハッと我に返ります。
──ワァー!
消えていた音が戻ってきました。
会場中から歓声が湧き上がり、紙吹雪が舞っています。
「シーリーン・アダラートの勝利です!」
勝った、のですね。
ふうと息を吐き、ドルーネン卿に手を差し出します。
「大丈夫ですか?」
黙ったまま、ドルーネン卿が私の手を取りました。
手を引きますが、そのまま立ち上がることもせず座り込んでいます。
「どこか怪我をしましたか?」
ふくらはぎへの一撃は、かなり強烈でした。
骨折したのかもしれません。
慌てて覗き込みますが、そうではないようです。
「ドルーネン卿?」
負けたことがショックなのでしょうか。
「貴女は本物の『剣士』だ」
「違います。私は『戦士』です」
「なにが違うのですか?」
「私は、貴方を殺すつもりで戦いました。戦いには命を懸けるのが『戦士』です」
「命を?」
「貴方の命を奪うこと。そして、自分の命を投げ出すことを覚悟しました。だから、勝てたのです」
それが、『戦士』の覚悟です。
命を狩り狩られる覚悟。それだけが、私がドルーネン卿に勝っていた点でした。
「シーリーン様」
「はい」
顔を上げたドルーネン卿は、笑ってはいませんでした。
怒ってもいません。
ただ、真っ直ぐに私を見つめていました。
「俺と、結婚してください!」
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