第25話 全ては正しい未来のために(キャサリン視点)
あの女、絶対に許さない!
あたしはガリガリと爪を噛みながら、窓の外に見える“呑気に散歩なんてしているお嬢様”の姿を睨みつけていた。いいご身分ね!
今日、与えられた仕事……それはこの侯爵家の屋敷の窓拭きだった。ただひたすらに窓を磨くだけ。数えきれない程の窓ガラスの汚れを拭い、一点の曇もなく磨き上げる。
男爵令嬢として蝶よ花よと育てられたあたしにとって、今の状況はとてもではないが耐えきれるものではなかった。
行儀見習いという体裁はあるものの、実家の資金繰りが火の車であたしの給金でなんとか保てているのもわかっている。侯爵家が……ううん、リヒト様があたしを助けてくれなければ成金ジジイの後妻にでもされていたかもしれないと思うとゾッとするくらいだ。
だからあたしは、恩人であるリヒト様を心の底からお慕いしていた。
しかしあたしは行儀見習い中のメイドとはいえ貴族令嬢。そして彼は平民出身で侯爵家の執事でありあたしの上司でもある。自身の出生に負い目を感じているとか、メイドに手をつけるなんて執事としてどうなのか。などと感じているならば、おいそれとあたしに手を出すのを躊躇うのも仕方がないだろう。
これが所謂、身分差の禁断の恋というやつなのだ。
だからあたしは、とにかくリヒト様に恩を返そうと必死に働いた。それにまぁ、侯爵家には養子ではあるが独身の三兄弟がいる。もしかしたら誰かひとりくらいあたしの美貌に夢中になって玉の輿の可能性だってあるのではないかと思っていたのだ。さすがにあたしだって侯爵夫人の座なんて狙ったりしない。そこまで強欲ではないし、出来れば次男か三男あたりに見初められて裏でリヒト様とも逢瀬を重ねられるくらいでちょうどいいと思っていた。三男坊だった場合、お子様の相手は苦手なんだけれどその分あたしの魅力で操りやすいだろうとも。
……それなのに!
侯爵当主が死んで、あの女が現れてから全てが狂ってしまったのだ。
なんなのよ、あの女は?!
あたしはまたもや爪をガリガリと噛む。自慢の爪がすでにボロボロだ。これも全てあの忌まわしい女のせいである。
なんと、突然現れたあの女は侯爵家の全てをかっさらっていってしまったのだ。あたしを含む使用人たちには事前にリヒト様から説明があったが、納得できるはすがない。
しかも、三兄弟の中から伴侶を選ぶ?あの女が?!これでは三兄弟はあたしではなくあの女のご機嫌取りにいそしむしかないではないか。しかもリヒト様まであんな女に優しく微笑むなんて……。
たかが孤児院上がりの卑しい身のくせにどんな手を使って侯爵当主に取り入ったのかは謎だが、その手腕は恐ろしいほどだ。
それでもあたしは我慢した。それは、リヒト様があたしにあの女の監視を命じてくれたからだ。
それってつまり、リヒト様があの三兄弟よりもあたしに心を開いてくれている証拠よね?あたしは嬉しくなって、つい頑張ってしまったくらいだ。
そうよ。つい頑張って……いや、リヒト様に生意気な態度を取っているあの女にムカついて色々嫌がらせはしたが。怯えて縮こまる姿が見たくてやったのにーーーー。
今の状況はどうだろう?
あの女は怯えるどころか反省もせず、勝手に侯爵家のお金を散財してリヒト様を困らせた。あたしと同じ男爵令嬢の聖女様を男爵令嬢だからと馬鹿にし、ジェンキンス様は陥れて侯爵令息の身分を剥奪し侯爵家から追い出した。さらにはエリオット様まで懐柔していたなんて……!さすがにルーファス様まではあの女に心を許してはいないようだが、それでもジェンキンス様が目の前で追い詰められていたのに何も言わない。リヒト様は立場上強くは出られないから仕方ないにしても、使用人たちみんなもすっかり騙されてしまったのだ。
このままでは、いけないわ。リヒト様を困らせるあの女を粛清して、みんなの目を覚まさなければ!
そうすれば、きっとみんながあたしに感謝するようになるだろう。だって、あたしは選ばれるべき人間なのだから。
***
「あのメイド、さっきから同じ場所をずっと磨いてると思ったら今度は爪を噛んでなにかブツブツ言ってるわよ。なんだか怖くない?」
「あぁ、キャサリンでしょ?なんか自分はリヒト様に特別扱いしてもらっていてもうすぐあんたたちの女主人になるかもしれない存在なのよ!とかなんとか妄想を吹聴してるちょっとヤバい子なのよ」
「確か行儀見習いに来た男爵令嬢なんだっけ……。同じ男爵令嬢でも聖女様と大違いね。それになんだかエレナ様に反抗的らしいし……女主人になるって、もしかしてエレナ様と取って代わろうとでもしてるっこと?」
「妄想が酷すぎるわ。馬鹿じゃないの?」
「エレナ様といえば、この間は素晴らしかったわね!事前に何も言われなくても、エレナ様の言動だけでみんなが全てを察して動けるなんてなかなかないわよ」
「しかもジェンキンス様は聖女様と本当に愛し合ってらしたそうよ。実はエレナ様と聖女様は親友だったんですって!大切なお友達の幸せのために惜しみ無く侯爵家の資産を使うなんてすごいわ。わたし達使用人にも優しくしてくださるし、リヒト様もエレナ様を認めているみたいだもの。エリオット様なんかすっかり懐いてらっしゃるし!」
「亡き旦那様の遺言とはいえ、どうなるかと思ったけど……エレナ様がいらっしゃれば大丈夫な気がしてきたわ!」
「ねぇ、エレナ様は伴侶にエリオット様をお選びになるのかしら?それともルーファス様だと思う?」
「エリオット様とは仲がよろしいから、やっぱりエリオット様じゃないかしら?なぁに、突然そんなこと言い出すなんて」
「それが、ちょっと心配なのよ。この間のジェンキンス様のことがあった後にたまたまルーファス様を見かけたんどけど……エレナ様の部屋の前で、あそこにいるキャサリンみたいな顔をしながらなにかブツブツ呟いてらして……。少しだけ怖かったの……」
「え!?それ、リヒト様に言ったら?もしもルーファス様がエレナ様になにかなさったら……」
「それとなくは言ってみたけど、あの方たちの問題だから使用人が口を出すことではないって……」
「それはそうだけど……リヒト様ったら冷たいのね。てっきりエレナ様をご支持してると思ったのに」
「どのみち、侯爵家の問題に使用人のわたし達がなにか出来るはずもないわ」
「わたし達に出来ることといえば……せめてあの妄想メイドが暴走しないように気をつけておくくらいね」
キャサリンは知らなかった。常々エレナに反抗的な態度を取る自分が、エレナ大好き使用人たちに要注意人物として目をつけられていることを。
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