第8話 トドメはしっかり刺すべきだと思う。
翌朝。家族(?)全員で囲む朝の食卓だが……ものすごく重い空気が漂っていた。
「朝食はクロワッサンとトリュフ入りのスクランブルエッグ、生ハムとメロンのサラダでございます。デザートにはイチゴのジュレにバニラアイスを添えたものを。お飲み物は紅茶かコーヒーがございますがどうなされますか?」
「……紅茶で」
「畏まりました」
いつものごとく笑顔で給仕をこなすリヒトだが、昨夜の事を思い出すとどうにも警戒してしまう。しかしにっこり執事スマイルのリヒトにはそんな警戒した態度もなんの効果もなさそうだが。
前回よろしく仏頂面で並んでいる三兄弟だが、ルーファスに至っては少々痛々しい姿である。おでこには大きなガーゼが張り付けてあるし、歩く姿はほんの少しだが前方を庇った歩き方だ。……リヒトが手当てするって言ってたけど、よく考えればどう手当てしたのかは謎しかない。
「エレナ様、昨夜はよく眠れましたか?」
私の前に紅茶を置きながら、リヒトがにっこりしながらそんな事を口にした。昨夜の事を知っておきながらよく言えたものである。
「えぇ、まぁ……」
私は曖昧に返事をしながらチラリとルーファスを見た。わぁー、怒りと羞恥心が混ざったような複雑な顔をしてるよー。ざまーみろ。
温かい紅茶をひとくち口に含み、自分の手首が視線に入る。昨夜ルーファスにきつく締め上げられたせいかうっすらアザになってしまったのだ。長袖のドレスなので隠せてはいるが気持ちの良いものでもない。ルーファスの指の跡が残ってると思うと虫酸が走った。
もし思考もゲームのヒロインのままならこんなことをしでかしたルーファスに恋に堕ちるのだな。と思ったら寒気がしそうだ。いや、ほんと。犯罪者ですから、マジで。
「……あんたさぁ、昨日の夜はなにやらかしたの?」
クロワッサンを千切り口に運んでいると、次男ジェンキンスがおもむろに私にフォークの先を向けてきた。おい、人にフォーク向けんな。
「なんのことでしょう?」
「とぼけるなよ。その手首の痣……もしかして早速男でも連れ込んだ?さすがに外から連れてくるのは無理だろうし……なに?使用人でもタラシ込んだの?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるジェンキンス。たぶんヒロインが孤児院にいた頃に色んな男に貢がせていた事を言っているのだろう。確かにヒロインが笑顔で挨拶するだけで何かを勘違いした男達がやたらと食べ物や古着などを孤児院に持ってきていたが、あくまでもアレは寄附として受け取っていたのだ。ただそれを貰ったヒロインが天使の笑顔で御礼を言うだけでなぜかみんながデレデレしてただけである。手すら握らせたことないわい!
「私にはなんのことだかわかりません」
つんとそっぽを向きながら返事をすると、ジェンキンスの態度がだんだんとイラついて来ているのがわかる。ドSなジェンキンスは自分より弱い立場の人間が素っ気なくしたり反発してくると無性にイライラしてしまう器の小さい男なのだ。
ちなみにジェンキンスの初期攻略法は「はい、私が全部悪いんです」と「どうかお仕置きしてください」の繰り返し。ジェンキンスルートはほんの少しだけのお試ししか出来なかったのでその後がどうなるかはわからないがこれは仕方のないことだと諦めてこいつの対応をどうするか頭をフル回転させるしかない。所謂『この続きが気になる人はゲーム本体を買ってね♪』と言うやつなのだ。
「孤児のくせに生意気な……!ルーファス兄さんもなんとか言えよ!」
苛立ちを隠すことなくルーファスに射撃援護を求めたジェンキンスだが、そのルーファスはお約束の嫌味を言うどころかビクリと目を泳がせた。
まさか、自分が早速襲いに行って返り討ちに合ったなんてプライドの固まりであるルーファスが素直にいえるわけがない。
だから私がルーファスの為に口を開いてやった。
「まぁ、“孤児のくせに”なんて……。ルーファスお兄様はそんなことおっしゃいませんわ。ねぇ?ルーファスお兄様」
にっこりと微笑みかけてやればあからさまにビックゥー!と冷や汗をかきながら身を丸めだした。どうやら昨夜の事はルーファスのプライドをズタズタにしたらしい。是非トラウマになっていただきたいところである。
「えー、いや、あの……」
視線をジタバタとバタフライ泳ぎさせるルーファスにトドメを刺す。
「確かに私は元孤児です。ジェンキンスお兄様から見ればこんなお転婆などお気に障るでしょう。……だって、私の特技はボール蹴りですから」
コロコロと鈴を転がすように笑ってやれば、ルーファスの顔は瞳の色より真っ青になっていた。
「は?ボール蹴りだと?侯爵令嬢がそんな野蛮な……「もういい、口を閉じろ。ジェンキンス」え?兄さん?」
さらに私を非難しようとするジェンキンスはルーファスに止められ驚きの顔を見せた。たぶん今までもルーファスと一緒に身分の低い人間や使用人を蔑んでいたのだろう。まさかその兄に自分が諌められるなんて思いもしなかったに違いない。
「朝からくだらない話など聞きたくない。食事が冷めるだろう」
必死に冷静を装うルーファスの姿に吹き出しそうになったが私も必死に我慢した。あとで部屋で笑い転げてやろう。
「……わかったよ」
意外だったのは、ジェンキンスがルーファスの言うことを素直に聞いた事だろうか。ゲームでは描かれていたかったが、それなりに兄弟仲は良さそうだ。
なんとか再開された朝食は重たい沈黙のまま終わった。ジェンキンスがずっと私を睨んでいたけどね。ちなみにエリオットは私たちのやり取りを無視してマイペースでスクランブルエッグをおかわりしていた。
ちょっと、リヒト。三兄弟に見えないところで笑ってるじゃないわよ!
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