02

「セドリック・アングラードを新たなアングラード辺境伯の当主と認め、爵位を授ける」

 玉座から威厳のある王の声が響いた。


「今後とも領民のため、そして国のために辺境伯としての務めを果たしてほしい」

「――承りました」

 膝を折り頭を下げていたセドリックはそう答えて、立ち上がると国王の元へと歩み寄り、書状を受け取り再び元の位置へと下がった。

「さて、これで任命式は終わりだ。続きは場所を移そう」

 一転して柔らかな口調になると国王はそう言って立ち上がった。




「お兄様」

 応接室で待っていたルーシーは立ち上がると兄を出迎えた。

「ルーシー。今日は随分と着飾ってもらったんだね」

「はい、アメーリア様が貸してくださいました」

 今日のルーシーは全体にレースをあしらったクリーム色のアフタヌーンドレスを着用していた。

 このドレスは家から持ってきたものだが、合わせているアクセサリーはアメーリアから借りたものだ。

 大粒のサファイアやアクアマリンといった、何種類もの青い石を重ねたネックレスとイヤリングが、ルーシーの白い肌によく映えている。

 アメーリアの侍女たちの手により髪を結い上げ、化粧を施したその姿は大人びていて――そして居合わせた者たちに、彼女とよく似た今はもういない人物を強く思い出させるものだった。


「全員揃っているな」

 国王夫妻が入ってきた。

 この場にいるのは他にエリオットと王太子夫妻、そして第二王子アーノルドだ。

 最初はもう一方の当事者であるブリトニーと父親の近衛騎士団長オールストン伯爵も同席する予定だったが、まずは王家だけでとセドリックが望んだのだ。


「今日集まったのはエリオットとブリトニー嬢の婚約解消、そしてルーシー嬢との再婚約についてだが。その前にアングラード伯爵から話があるそうだ」

「はい。王太子殿下にお聞きしたいことがございます」

 国王から促され、セドリックはメイナードの前に立った。


「私に?」

「ルーシー」

 呼ばれて隣へ来た妹の肩を抱き、セドリックは改めてメイナードに向いた。

「王太子殿下は、このルーシーに会ってどう思いましたか」

 セドリックの言葉に、メイナードはその表情を強張らせた。

「……どう、とは」

「そっくりでしょう、殿下もよく知っている者に」

 セドリックは自分を見上げたルーシーと視線を合わせた。

「見た目だけでなく、笑い方やちょっとした仕草も。性格は違いますね、ルーシーは大人びて落ち着きがありますが、『彼女』は陽気で少し抜けたところがありますから」

「……そんな性格だっただろうか」

「殿下は、いえ、ここにいる方々には本来の性格を見せていなかったのでしょうね、パトリシアは」

 そう言うとセドリックは一同を見渡した。


「――伯爵は彼女の本来の姿を知っていたと言うのか」

「ええ、よく知っています。彼女とは幼い頃から何度も会っていますから」

「何度も?」

「これは知られていないことですが。パトリシアの祖母は私の祖父の妹、つまり彼女は私のはとこにあたります」


「何?」

「勘当同然に家を出たそうで、父の世代になってからは交流が少しずつ増えましたが。その縁でパトリシアもよくアングラード領を訪れておりました」

 メイナードを見据えてセドリックは言葉を続けた。

「パトリシアが十三歳の時に、私と彼女は将来結婚しようと誓いあったんです」

 ざわりとその場の空気が乱れ、メイナードは目を見開いた。


「それは……そんなこと、聞いたことがない」

「そうでしょうね、王太子殿下と婚約が決まったのに他の者と将来の約束をしていたなど、言えるわけありませんから」

 セドリックは視線を落とすとひとつため息をついた。

「子供の口約束でしたが私たちは本気だった。それが、パトリシアが王都へ戻った後、王太子殿下との婚約が決まったと聞かされて。――それでも、私は諦めなかった。パトリシアから届く手紙には、いつも私への心が変わることなく書かれていましたから」

 セドリックの告白に、その場の全員が息を飲み顔色を失っていた。


 メイナードとパトリシアの婚約が決まったのは、中立派で人格者でもあるレンフィールド侯爵の娘を娶ることで治世の安定を維持するためだ。

 あくまでも政治的な理由で、そこに当人たちの心情は含まれていなかった。


「……つまりパトリシア嬢は兄上と婚約したとき、別に恋人がいたってことか」

 アーノルドが口を開いた。

「だからいつも兄上に素っ気なかったし、興味なさそうだったんだ。――ああ、思い出したけど、庭園で思い詰めた顔で花を見てたのを見かけたな」

 政治的な理由で婚姻が決まるとはいえ、人の心までは決められない。

 既に恋人がいた十四歳のパトリシアは他の相手と婚約させられ、しかも望まない結婚のために厳しいお妃教育を受けさせられていたのだ。


「入学してからの手紙にはどうやら王太子殿下には好きな人ができたらしいとありました。このままいけば婚約も解消できるのではないかと、私たちは希望を抱いていました」

 セドリックは再びメイナードを見た。

「あの時。卒業パーティの後、パトリシアは私の領地で夏季休暇を過ごす予定でした。だから私は彼女を迎えに王都に来たのですが……侯爵家に着くと、修道院へ送られたと聞かされました。急いで追いかけたけれど――手遅れでした」

 目を見開き、顔をこわばらせたままのメイナードを見据える青い瞳が暗く光った。

「どうして追放などしたのです? ただ婚約を解消すればいいだけの話でしょう、今回のエリオット殿下のように」

「それ、は……」


「兄上」

 エリオットが口を開いた。

「僕も知りたいです。兄上はそんな愚かなことをするような人ではないはずなのに。どうしてなのです?」

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