第4話 稽古(ガチ)
訓練用の木剣をエバンズから手渡されると、想像よりもずっと軽かった。まるで紙で作られたオモチャのようだ。子供用……というわけじゃないな。大きさは他の騎士が持っているものと同じ。俺のステータスのSTR値がそれだけ高いってことだろう。普段から重たい物なんか持たないから、これまで気にしたこともなかった。
「なかなか様になってますぜ、坊ちゃん」
「ありがとう、エバンズ。だけど僕は、どちらかと言えば剣よりもペンの方を持ちたいかな。ペンは剣よりも強し、だよ」
「ペンが剣よりも強い? 坊ちゃんは変なことをおっしゃいますな」
エバンズは俺の言葉の意味がわからなかったようで小首を傾げる。前世の世界で新聞が本格的に流通し始めたのは活版印刷が発明された後の時代だったか。この世界ではまだメディアという存在が希薄なんだろうな。
「レインさまぁー、がんばえー!」
屈託のない笑みで応援してくれるニーナに手を振りつつ、稽古の開始を待つ。
剣の稽古と言っても6歳相手にすることだ。軽く打ち合って終わりだろう。それなりで終わらせて、ニーナには満足してもらって書庫に戻ろう。読みかけの本の続きも気になる。
「それじゃ、ナルカ。坊ちゃんの相手をしてやってくれ」
「……はい」
「えっ!?」
てっきりエバンズが相手をしてくれるのかと思いきや、相手はナルカだった。彼女は冷たい瞳で俺を見つめながら、腰に携えていた木剣を片手で構える。彼女がまとうガチな雰囲気に、背筋に冷たいものが走った。
これ、稽古だよな……?
「それじゃ、始め!」
「はぁ――っ!」
開始の合図と共に一歩目を踏み込んだナルカは、一瞬で俺との距離を詰めてきた。そして振り下ろされる木剣。風を斬る音が俺の耳朶を震わせ、剣先が眼前数センチの所を通り過ぎて前髪を数本散らせる。
咄嗟にバックステップで避けていなければ頭に一撃食らっていた。手加減も容赦もどこにもない。6歳の子供相手にする攻撃じゃないぞ!?
「エバンズ!?」
「ほお、今のを避けるたぁなかなかやりますね、坊ちゃん。ですが、ロードランド騎士団の稽古はまだまだこんなもんじゃないですぜ?」
「たぁああああっ!」
「ちょっ――」
喉元を狙った突きを横に飛んで何とか避ける。今のも直撃してたらヤバイだろ!
ナルカは恐ろしい速さで鋭い斬撃を連続して繰り出してくる。さすが12歳で騎士団入りした天才剣士。チートスキルで強化されたステータスでも、避けるのがやっとだ。
スキルのおかげで仮に避けられずに当たっても平気だろうが、やっぱり痛そうだから出来れば当たりたくない。そもそも、剣の稽古ってここまでガチでするものなのか!?
ナルカの凶行にしか見えない攻めを、エバンズや他の騎士団員たちは面白そうに見ているだけで止めようともしない。騎士団がグルになって俺を亡き者にしようとしてるんじゃないだろうな!?
なんて疑念が浮かんできた所で思い出す。ロードランド騎士団は対魔族戦を想定した王国屈指の戦闘集団。その訓練は苛烈を極め、脱落者は後を絶たない。ここに残っているのは、そんな過酷な日々を戦い抜いてきた猛者ばかり。
つまり、これが平常運転かよっ! 子供相手……それも領主の息子なんだから少しは手を抜いてくれ!
そんな情けない願いを騎士団の面々やニーナの前で叫ぶわけにもいかず、とにかく必死に剣を避け続ける。
すると、
「どうして当たらないの……!?」
ナルカの表情には困惑の感情が浮かんでいた。出会って初めて見る感情を露にしたナルカの姿。剣が当たらないことに、彼女は焦り苛立っているようにも見えた。
「すげぇ、どうしてナルカの剣が当たらないんだ……?」
「ナルカの奴、坊ちゃん相手だからって手を抜いてるわけじゃねぇよな?」
「よく見ろバカ。あれが手を抜いてる奴の剣筋かよ」
「ずっと避け続けてる坊ちゃんがスゲェよ」
見物の騎士団員から広がる騒めき。それが俺の耳に届いたということは、当然ナルカの耳にも届いていた。彼女はきゅっと唇を結び、自棄になったように剣を振り回す。それでも振りは速く鋭い。ただ子供が剣を振り回しているわけじゃない。
けれど、初めの頃よりも余裕を持って避けられる。
「がんばえー! レインさまがんばえーっ!」
周囲の状況を脳が処理できるようになって、ニーナの懸命な応援も聞こえるようになった。スキルのおかげだろうか。ナルカの剣の軌道がほとんど止まって見える。
「今度はこっちの番だ」
「――っ!?」
避けてばっかりじゃ面白くない。俺は剣を構えなおし、攻めに転じることにした。
前世を含めて、剣を持った経験はない。だから見様見真似だ。ナルカの動きは避けながら覚えた。それをトレースして、ナルカに打ち込む!
「はあっ!」
「なっ――」
ナルカを見て覚えた動きをなぞる様に、ナルカに木剣を打ち込んでいく。ナルカはそれを、必死な形相で何とか防いでいた。だが、ステータスは俺のほうが上。避け切れずに俺の斬撃を受け止めたナルカは、苦悶の表情を浮かべて大きく後方へ飛ぶ。
「まさか、ナルカが押されてるのか……!?」
「あんな表情のナルカは初めて見たぞ……」
「それより坊ちゃんだ! なんだあの動きは……!?」
「ナルカと同じ動き……だが、キレがナルカを上回っている!?」
「坊ちゃんはまだ6歳だろ!? あんなに強かったのか……!」
「天才だ……。坊ちゃんは剣聖の生まれ変わりだ!」
……なんか外野が思いのほか盛り上がってしまっている。変な目立ち方はあまりしたくなかったのだが、久しぶりの運動が楽しくてついついはしゃいでしまった。
「この……っ。負けない……っ!」
ナルカは剣を両手でギュッと握りしめると、俺に向かって突っ込んでくる。
「たぁああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
放たれるのは渾身の一振り。
だが、自棄になった彼女の斬撃は隙だらけだった。ひょいっと横に避けて、木剣を叩いて弾き飛ばす。武器を失った彼女の首筋に木剣を当てると、ナルカはへなへなとその場に座り込んでしまった。
「そこまで。驚きましたぜ、坊ちゃん。まさかナルカを負かしちまうなんて……。さしの試合でナルカに勝てるのは俺くらいなもんだと思ってましたが、まさかここまでとは」
「今日は偶然調子がよかっただけだよ。それじゃ、俺はこれで」
ニーナも満足してくれたことだろうし、エバンズに木剣を返して立ち去ろうとした……のだけども。誰かが俺の服の裾を掴んで放してくれない。
「やだ、もっかい……」
「えーっと……?」
振り返ると、ナルカが俺を見上げていた。
「やだやだやだ! もっかいもっかいもっかい~っ!」
出会った当初のクールで凛とした姿はどこへ行ったのやら。ナルカはうるうると目尻に大粒の涙を溜めて肩をぷるぷる震わせている。
「えーっと……」
俺は思わずエバンズと顔を見合わせた。こんなナルカの情けない姿はエバンズも初めて見るようで、どうしたものかと困惑している様子だ。まあ、ようやく歳相応の姿を見られたような気がしないでもないが。
「坊ちゃん、もうしばらくナルカに付き合ってやってくれませんか?」
「……わかったよ、少しくらいなら」
結局この後、日が暮れるまでナルカとの稽古に付き合わされた。
ちなみにその間ニーナはどうしていたかと言うと、騎士団の女性団員に付き添われて近くの原っぱでお昼寝をしていた。
すくすく育つんだぞ、ニーナ。
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