第31話 終わらない工事
私がまだ小学生だった時分、よく斜向かいの老夫婦の家に遊びに行っていた。当時はあまり気にすることも無かったが今にして思えば彼らは相当に裕福であったらしく、立派な門から敷地に入ると美しい日本庭園が広がり、家というよりかはお屋敷と言った方がいいであろう彼らの邸宅には沢山の部屋があった。私も全ての部屋を見たことはなかったと思う。何かとお呼ばれしては縁側で庭を眺めながらそれまた高級そうなお菓子を頂いたものであった。その頃私の家はあまり金銭的に余裕がなく、そこでもらえるお菓子は私にとって本当に貴重なものだった。夫婦の間には子供もいたらしいがとうの昔に独立して家を出ており、年に一度くらい孫を連れて遊びに来るだけのようで私は会ったことはなかったと記憶している。何度も通っているうちに私はある事に気が付いた。いつ行っても家の敷地のどこかしらで必ず工事が行われているのだ。古い建物ではあったので修繕も必要なのかとあまり気に留めることもなかったが、主屋だけでなく庭の配置を大きく変えて造り変えたり、離れを改築、増築するなどのそれほど必要なのかわからない工事もあった。ある時、私は何の気無しにどうしていつも工事をしているのか尋ねてみた。老夫はただ一言、ここの工事は決して終わることはないのだよ、と呟くように言った。どこか遠い目をしていたのを今でも覚えている。その帰りに二人は何故か食器類、置物など欲しい物があればなんでも持って帰っていいと勧めてくれた。私は以前より気に入っていた埴輪の置物をもらって帰る事にした。結局たくさんのお菓子や、お皿なども勧められるままに持ち帰り母に見せると、明日お礼に伺わないと、と言って棚にしまった。埴輪は自分の机に飾ることにした。翌日学校から帰り、老夫婦の家に行くとそこには家が存在していなかった。たいそう驚いた私はすぐに家に戻り一度麦茶を飲んでもう一度確認しに戻った。やはり家はなかった。いや、まだ完全に無くなっていたわけではなかった。立派な門は撤去され、庭も殆ど更地になっていたが家屋は柱が剥き出しになっている状態でまだそこに存在していた。勿論老夫婦の姿はそこにはない。母親に聞いてみたが、何も知らないようだった。
それからすぐにその土地は完全に更地になった。
数ヶ月と経たずにまた工事は始まることになる。新しい住居が建てられ始めたのだ。新しい住人が引っ越してきても私は彼らと関わることは全くなく、彼らもまたすぐに去ることになった。理由は全くわからない。新しい住居は取り壊された。
それから今に至るまで十年以上、何度も何度も建物が取り壊されては建てられている。現在もあの老夫婦が去って以来何度目になるかわからない新たな家が建てられようとしている。
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