第18話 去り際のセリフがよく聞こえなかった
街に奇妙な噂が流れた。
夜中に自転車を相当なスピードで漕ぐ50代くらいの女性が出没するというのだ。
しかも驚いたことに常に両手離し運転なのだという。
小さな街なのですぐに噂は広まり、両手離し運転おばさんというなんの捻りもない名前で呼ばれる様になった。
噂に尾ひれはひれが付き口裂け女や、ターボババァのように都市伝説と化するかと思われたがそうはならなかった。
まず夜11時〜12時頃に彼女がいつも通る道にいれば普通に見られるので特にレア感がなかったことと、全く危害を加えられたものがいなかったので恐怖の対象となることもなかったのである。
何故敢えて両手離し運転なのかについては全く不明ではあったが、毎日決まった時間に目撃されているのでおそらく毎晩急いでどこかに通っているだけのおばさんなのだろうということになり人々はすぐに興味を失った。
だが実は彼女について僕だけが知っていることが一つある。
あれは三日前のこと、塾の帰り道急いで家に帰っていると向こうから猛烈に自転車を漕ぐ両手離しおばさんとぶつかりそうになった。
両手離しおばさんだ、と認識するよりも前に僕はすんでのところで避けた。
彼女も僕を避けようとしてよろけていた。
その瞬間彼女は両手に握り締めていた一握りの砂を手から零した。
声にならない呻き声を上げながら両手離しおばさんは必死に落ちた砂を集めてまた両の拳に握り直した。
そして何か一言だけ言葉を発してまた全力で自転車を漕いで行った。
それは僕に言ったようにも聞こえたし、ただの独り言のようにも聞こえた。
謝罪の言葉のようにも聞こえたし、罵倒の言葉のようにも聞こえた。
僕はその出来事を何故だか誰にも話せないでいる。
彼女が去り際に何と言ったのか、ただそれが気になっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます