投函

Suzunu

投函

発見の本当の経緯ですか?いや、これはあんまり言いたくないんですよね……。


いや、普段なら気の利いたエピソードを披露するんですが、貴方のおっしゃる通りあの話にはよくよく考えると矛盾があります。……仕方ないですね。今日は酒を飲みすぎてしまいました。折角恩人に会ったというのに嘘はよくないという気分になっています。今夜限り本当のことを包み隠さず話します。


きっかけは30年前、会社を辞めたことです。周りが馬鹿に見えて仕方がなかったんですね。


まず最初にスーツを燃やしました。二度と仕事なんかしてやるかって思いました。最初は妻の収入でなんとかやっていけましたが、妻子に逃げられてからは急転直下でした。アパートの一室がひどく広く感じましたっけ。


貴方にお金を借りて返さなかった事も申し訳ありません。正直に言うと、私は全ての責任から逃れて命を絶つつもりだったんです。本当にすまないと思っています。でも、私にお金を貸してくれる方がいなければ、この度の受賞もなかったと思います。


今だから言えることですけどね。いろいろな悪事を働きました。どんぞこもどんぞこですよ。違法駐車しているベンツのエンブレムを集めたり、ギャンブルに手を出してみたり、どうしてあんなに荒れてたんだろうと思います。当時、いろんな人に迷惑をかけて、申し訳ないと思っています。


いえ、すいません。話が逸れましたね。直接のきっかけはチラシです。はい、あのチラシです。郵便受けを開けると出てくるチラシが鬱陶しくてたまりませんでした。当時の家の郵便受けはボロだったので、雨が降ると中身が濡れていたりもしました。それで、カッとなりました。腹いせにチラシを近所の家の郵便受けに突っ込んで回ったんです。それがきっかけです。


郵便受けを開けると、なんだかチラシの数がいつものより増えていたんですよ。怪しいと思って確認したら、以前投函されたチラシが混じっているじゃありませんか。「どこかの奇特な奴が、私の郵便受けにチラシを返しに来たのか?」って思いました。それで、今度はチラシの中身を覚えて、また同じように近所の家に投函していったんです。


そしたら、ある人の家に投函したチラシが私の家の郵便受けに戻ってくるじゃありませんか!気になってその家の住人を調べたんですが、2年前から空き家だったんですね。ここで怖くなってやめるのが普通だと思いますが、残念ながら私は無職で時間が腐るほどありました。それに、貴方の知っている通り素粒子物理学の博士号持ちです。幽霊なんぞ信じられません。


気になって、ワイヤカメラをその郵便受けに突っ込んだんです。ワイヤーの先にカメラがついている、内視鏡みたいなやつです。もう当時は完全に無敵の人でしたからね。他人の家の郵便受けにカメラを突っ込んでいても人様の目なんて怖くなかったです。通報されなくてよかったです。そしたら嫌にカメラがするすると中に入っていくんですよ。


2mのワイヤーをギリギリ使い切ったかな?ってくらいのところで何かにぶつかりました。それで、カメラをつけてみたんです。そしたらチラシが映っていました。私はハッと思いついて、カメラをその場に固定して自分の家に戻ったんです。郵便受けを開いてみたらどうでしょう。カメラの先端がひょっこり顔を出しているではありませんか!


そこから先は世に知られる通りです。


「どこでもドア」の開発はあの郵便受けからスタートしました。

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