AIと遊ぶ
長月瓦礫
書きかけの小説をぶん投げてみた。その1
彼女はベンチに座って遠くを眺めている。こちらには気づいていないようだ。
瓦礫からはできる限り仲良くなってから殺せと言われた。
見た限りでは害などなさそうだ。
白衣さえ脱いでしまえば、ごく普通の女性である。
俺たちは静かに彼女の隣に座った。他に空いているベンチもあるからか、隣に座ってきた俺たちを不審そうにじっと見つめてきた。
まるで観察されているような気分だ。眼を閉じて、しばらくの間頭に手を当てた。
「ええっと……すまんな。先日事故に遭ってしまってな。
記憶が全て消えたのだ。だから、名前をもう一度教えてはくれないか?」
「は?」
記憶喪失という言葉が頭に浮かんだ。
瓦礫は知っているのだろうか。
彼女は事故に遭い、記憶が飛んでしまった。
知っていた上で話しかけろと、命令したのだろうか。
確かに殺すにはいい機会だとは思う。
何も知らないまま本人は死んで、すべてを奪い去ることができる。
「私は飯原蛍。さて、一体私に何の用かな?」
「……えっと」
「大体、予想はついているのだが。
おっと、そう警戒せずともよい。私はそのために来たのだから」
彼女は自分の胸に手を当てた。
自信満々といったところだろうか。
「何故、私に相談しなかった? 私は科学者として有名だったらしいな。
もっと早く私に相談していればどうにかなっていただろうが。どうしてだ?」
「いや……えっと、それは」
殺す相手にどうして相談できようか。
記憶がなくても憎い相手であることには違いない。
「まあ、理由などどうでもいい。私は貴様たちを助ける為にここに来たのだから」
「助ける?」
「ああ、そうだ」
彼女の部下が必死に止めたらしい。
それでも、時間前には来ていたのだから驚きだ。
「貴様らが家に近づくことすら嫌がるだろうな……どうにかしなければならん。
携帯持っているか? また連絡するから、その時に家の近くで待っていてくれ。
時間ぴったりに来い。遅すぎず、早すぎず。それくらいがちょうどいい」
有無を言わさずに話が勝手に進んでいく。
「貴様らがどんなつもりなのかは私の知ったことではない。
選択肢はそれしかない訳じゃないだろうと、言いたいだけだ。
貴様らにも選ぶ権利くらい、あるはずだろう?」
選ぶ権利か。そんなものはないと思っていた。
瓦礫の命令が俺たちのすべてだ。
「では、待っているぞ」
飯原はそれだけ言って去って行った。
俺は後ろ姿をしばらく見つめていたが、やがてため息をつく。
「どう思う?」
「わからない。でも、少なくとも敵ではないと思うけど……」
「俺も同じ意見だ。あの人の言う通りにしてみようぜ。
それでダメならその時考えればいいだけの話だし」
結局、俺たちは飯原の提案に乗ることにした。
本当にそれが正しい選択かどうかはわからなかったけれど、他に選択肢はない。
それに、彼女が何を考えているのか知りたかったという気持ちもあったからだ。
翌日、約束の時間ぴったりに飯原の家へと向かった。
ずいぶんと古いアパートの一室へ案内された。
家の中では白衣を着ておらず、ジーンズにTシャツ姿というラフな格好をしていた。
化粧もほとんどしていないように見える。
六畳程度の部屋にテレビとちゃぶ台が置かれている。
壁にはカレンダーがかけられているが、あまり使っていないようだ。
ずいぶんとさっぱりした部屋だ。
「悪いな、ご覧の通り何もない部屋だ。
それでもいいなら、ゆっくりしていってくれ」
道化師のように両手を広げた。
7つの人格で構成されたAIを所持し、彼らを使って世界を操っていた。
自分の手足のように、人形を使っていた。
「あなたしかいないんですか?」
「ああ、私だけだよ。この部屋には私一人だけだ」
飯原はお茶の準備をすると言って、台所へ向かった。
俺たちはそのままちゃぶ台の前に座った。
特にこれといっておもしろいものは見当たらない。
茶碗に注がれた緑茶が三つ置かれた。
「ありがとうございます」
飯原は微笑んだが、すぐに表情を変えて眉間にしわを寄せた。
「さて、本題に入ろうじゃないか」
俺たちは顔を見合わせてうなずき、彼女のほうへと向き直った。
小柄なはずの体が大きく見える。
彼女は腕を組んでこちらをじっと見つめている。
息が詰まるような空気が漂う中、口を開いたのは俺だった。
瓦礫に言われたことをそのまま伝えたのだ。
『飯原蛍を殺せ』
彼女はふっと鼻で笑った。
馬鹿にしたような笑い方ではなかった。
ただただ呆れ果てたという感じだろうか。
「なるほど、記憶がないというのは本当の事らしい。
私が誰かも忘れてしまったとは……さすがに同情せざるを得ないよ」
「そうですか」
「言ったはずだ、貴様らの力になると。
言葉通りの意味だ」
「具体的に教えてください」
「要するに、貴様らが望むままに動くということだ。
私が私を知るためにはそうするしかあるまい」
「……つまり?」
「貴様らが望めば、私はなんでもしよう。どんなことでも聞いてやる。
もちろん、報酬はもらうがな」
なんだか話がうますぎる気がした。
何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
「なんだ、不満でもあるのか? 体で支払ってもいいんだぞ?」
体をくねらせ、セクシーポーズを披露する。
映える箇所はないため、あまり意味はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます