第44話:追い詰められて

 マルティナ公妃殿下には敵わない。

 流石長年公王陛下を支えてこられた賢婦人だけの事はある。

 俺が強硬手段に出られない事を理解されていて、着々と、無理矢理にでもマリアお嬢様との結婚が避けられないように、外濠を埋め包囲を狭めてくる。

 苦々しいような、甘くうれしいような、何とも言えない気分だ。


 俺は心の何処かでこうなる事を望んでいたのかもしれない。

 そうでなければ、幾ら相手がマルティナ公妃殿下とはいえ、ここまで付け入る隙を与える俺ではない。

 自分の浅ましさと汚さに吐き気がする

 それでも、無理矢理にでもマリアお嬢様との結婚話を壊す気にはならない。


 コンコン


「エドアルド公子殿下、入って宜しいでしょうか」


 情けない事を考えていた俺にマッティーア侍従長が部屋の外から話しかけてきた。


「いいぞ、入れ」


「失礼いたします、エドアルド公子殿下。

 アヴァール可汗国を見張っていた密偵から連絡が届きました」


 一部の隙もない完璧な侍従姿のマッティーア侍従長が話しかけてきた。


「我が国を侵攻する兆しが見えると言うのだな」


「はい、具体的には大量の食糧を集めているとの事でございます」


「連絡の現物を見たい」


「これでございます、詳細な続報は早馬で届けられると思われます」


 侍従長はそう言って細く長い小さな紙を手渡してくれた。

 密偵は定時連絡に使う伝書鳩を早めに飛ばしてくれたのだろう。

 暗号と略字を使って小さな紙にできるだけ多くの情報を詰め込んでくれている。

 急いで書いたのが分かる文字だが、字の乱れから推測すると、単に急いだだけで危険な状況で書かれたものではないと分かる。

 こちらから送る伝書鳩を増やして、もっと多くの情報を短い間隔で送って来られるようにした方がいいだろう。


「各地の鳩舎に連絡を入れて、伝書鳩の数を増やすようにしてくれ。

 直ぐに優秀な伝書鳩は増えないだろうが、数で補う。

 それと、アヴァール方面に送る伝書鳩を増やしてくれ」


「承りました、エドアルド公子殿下」


「十万の軍団を四つ、半年遠征させられるだけの兵糧はあるのだな」


「はい、殿下のご指示に従って、公都で三年間籠城できるだけの兵糧に加えて、それとは別に、十万の軍団十個を一年間遠征させられるだけの兵糧を用意しております。

 その内の一個軍団分は、先にブルターニュに向かわれたマルコ伯爵の軍団が持って行かれましたので、現在残っているのは九個軍団分でございます」


「試すような事を言ってすまなかったな」


「いえ、国家の存亡にかかわる重大な事でございます。

 常に試されるのは当然の事でございます」


「分かってくれているのなら、信頼できる人間に現物を確認させてくれ。

 書類上あるはずの兵糧が、盗まれたり横流しされたりして、実際には麦一粒も残っていない事があるからな」


「承りました、エドアルド公子殿下」


「アヴァール可汗国が攻め込んで来たら、カルロに一個軍団を預けて迎撃させる。

 その隙をついてスラヴ族連合が別方面から攻め込んで来たら、俺が迎え討つ。

 他にも襲ってくる国があるのなら、各軍団長に迎撃させる」

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