年越しの夜
王宮での王太子妃との茶会からは駆け足のように時間が過ぎていった。
ナタリアはなんとか邸内の冬支度を完了させ、マリアのための支度もかなり前倒しで行った。
十四歳になったばかりの少女の初産は、何が起こるか予測不能だからだ。
忙しく立ち働くナタリアとは対照的に、ローレンスと側近たちは変わった様子はなくのんびりしたもので、内心少し、いやかなり苛立ちを覚えた。
とはいえ誰にでも平等に年越しはやってくる。
本来ならばウェズリー侯爵家として配下の貴族を招いて大掛かりな晩餐会を行うべきだが、新婚の公爵夫人が第一子を妊娠中で体調に不安があるため見送る旨を記した挨拶状を各家へ送って終わらせた。
その代わり、使用人たちのための年越しの宴を開催することにした。
ナタリアの実家と違い、ウェズリーには潤沢な資産がある。
夜会のために宝石やドレスを誂える必要がない以上、侯爵夫人のために組まれた予算はあまりに余っていた。
使用人たちをねぎらう良い機会だ。
地下にある厨房と使用人用食堂のテーブルと椅子などの配置を少し変え、立食形式でメインもデザートも普段よりぐっと豪華な料理を並べさせる。
酒も樽をいくつか開放し、年越しの夕方から翌日の昼まで片づけ不要の無礼講とし、通いでどうしても帰宅せねばならない者たちには十分な土産を持たせた。
「ナタリア様、ありがとうございます。こんなに楽しい年越しは初めてです」
酒が入っているせいか、使用人たちはいつもより砕けた調子で壁際に立ち様子を見守るナタリアへ話しかけてきた。
食堂のテーブルの上には、鹿、雉、羊、七面鳥などを丸焼きにしたりパイ包みにしたりガランティーヌにしたものが大広間で供される料理と同じように美しく盛り付けられ、所狭しと並べられている。
パンもケーキも、仕事の合間に急いで食べるものとは違い、貴族が食べる素材にも見栄えにも凝ったものばかりだ。
晩餐会の食べ残しなどで少しは口にしたことはあるが、自分たちのために作られたまっさらな状態の料理は初めて食べる者も少なくない。
地下全体を年越しらしく飾り付けた為なお一層盛り上がり、誰もが大はしゃぎだった。
「東館の人たちには申し訳ないのだけど、あなたたちが楽しんでくれたなら嬉しいわ」
ローレンスとマリアが過ごしている東館は専属の使用人たちと側近たちが年越しを過ごしているはずだ。
執事のセロンを通してマリアが楽しく過ごせるよう取り計らってくれと頼んだものの、本邸に比べて静かなことだろう。
一応、年明けに手当をもたせようとは思っているが、いかんせんナタリアの管轄外のため表立って手を出すことはできない。
「じゃあ、夜も更けてきたことだし」
ナタリアが背後からヴァイオリンを取り出すと、使用人たちはますますよろこび指笛を鳴らし、手を叩く。
若い者たちがいっせいにテーブルや椅子を壁際に移動させ、食堂の真ん中を大きく開ける。
「いくわよ」
ナタリアは弓を走らせた。
明るく賑やかな旋律が部屋に響き渡る。
使用人たちはすぐさま二人組になって足を踏み鳴らし、飛び跳ねた。
時には酔って足をもつれさせたのを周囲が引き上げ、団子になって踊る。
休憩中の者はそのさまを指さし、腹を抱えて笑う。
「さあ、もっと速度を上げるわよ!」
ナタリアが叫ぶと、ますます喜びの悲鳴が上がる。
時にはわざとキイキイと弦を言わせながら流行りの舞踊曲を次々と弾き鳴らす。
「ナタリア様! 最高です!」
使用人たちの声援にこたえ、ナタリアは精力的にヴァイオリンを弾き続けた。
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