猫を降ろします
ナタリアのためにリロイが運んだ剣は二振りある。
一振りは、実戦で使っていたもの。
もう一振りは対戦練習用に刃が潰してあるもの。
ダドリー領内の王立騎士団駐留所の近くには武器製造職人たちの集落があり、そこで一番の腕利き鍛冶師が双子の剣を作ってくれた。
重さも性質もほぼおなじなので、練習がそのまま直で実践に生かされる。
この二振りは10歳のころからの相棒だった。
ちなみに、トリフォードが今差し出したのはもちろん練習用の方である。
「うん、じゃあウィンター卿いいかしら」
「もちろんです。久々のお相手、腕がなります」
刃を陽の光にあてて状態を確認しながら尋ねると、リロイは数メートル離れたところで立ち止まり、優雅に礼をした。
「では、まずこの子で軽く・・・お願いね?」
「承知しました」
リロイが鞘から剣を抜き、構える。
慣れた手つきで長剣を軽く一振りした後、にっとナタリアは笑った。
「では、はじめ」
「はい」
二人は同時に駆け出し、剣を振り上げる。
カン・・・と、硬質な音が演習場に響き渡った。
騎士たちは全員、固唾をのんで見守る。
内心、令嬢のままごとに付き合わされる若い従者に同情しながら。
「うそだろ・・・」
打ち合いが始まって数分もたたないうちに、誰もが己の目を疑った。
長剣は、初心者には許されない武器だ。
騎士団の中でも鍛錬を重ねてようやく許される剣で、この国の女性騎士たちは軽量に作られたレイピアがせいぜいだ。
しかし、ナタリアは手足のように自在に扱い、相手を攻め続ける。
そして、対峙しているウィンターという男もなかなかだ。
女をたぶらかして生きていけそうな美貌にもかかわらず、隙のない動きで応え、時には遠慮ない力を侯爵夫人に向かって叩きつける。
二人で長剣をせわしなく攻め合っているというに息がぴたりと合い、どこか優雅だ。
その様はまるで・・・・。
「舞を舞っているみたいに綺麗ね」
トリフォードの隣には、いつのまにかパール夫人が立っていた。
「あなたは、何回かナタリア様のお相手をなさったのよね。トリフォード卿」
「・・・はい、ご存じでしたか。しかし、私の時は木剣だったので・・・」
朝駆けついでに何度か木剣で手合わせをした。
しかしそれは、「型」の確認のようなもので、ここまでの動きはない。
「ふふふ。木剣だったから、だと?そうおっしゃるなら卿もまだまだですわね」
口元に閉じた扇を当ててパール夫人は笑う。
まもなく背後からガラガラと音がして振り向くと、従僕たちが荷車を重そうに引いて、パール夫人のそばで止める。
覗き込むと大きな木箱の中にはみっしりと木剣が詰め込まれていた。
「今朝到着しました。王太子妃様からの贈り物です」
「これは・・・」
長さは長剣に合わせてあるが、素材はいろいろだ。
木の性質によって訓練の時使い勝手が違う。
しかし、白樫など強度がある分値段の張る木剣も多く入れてある。
中でも最も繊維が詰まり硬質でかつ貴重な琵琶材があった。
パール夫人の了承を得てからそっと指で触れ、トリフォードはその感触を確かめる。
「かなり高価なものもありますね」
「安物だと持ちが悪いらしいので・・・。まあ、この後すぐにわかりますよ」
わっと拍手と歓声が上がり、二人が木剣の箱から顔を上げると、ナタリアたちの打ち合いがいったん終了したらしく、彼らが向き合い礼をとっているのが見えた。
アニーが駆け寄り、二人にタオルを手渡す。
汗を拭きとりながら振り向いたナタリアはパール夫人と木剣を載せた荷車に気づいた。
「届いたのですね。助かります」
「ちょうど良かったです。久々にナタリア様の演習を拝見でき、役得ですわ」
「パール夫人にそう言っていただけるのは光栄ですが、ただのうっぷん晴らしですよ?」
「いえ。木剣はこれからも定期的にお届けしますので、どうぞお好きなだけお使いくださいと、王太子妃さまより言い遣っております」
「では、ありがたく」
ナタリアはリロイを振り向いて尋ねる。
「十本行っとく?」
「いやいや・・・ナタリア様。気持ちはわかりますが、お互いブランクがあるので三本で」
「七本」
「いや、せめて五本」
「わかったわ、五本にしましょう。白樫でいいかしら」
「琵琶で五本とか、俺が死にます」
一瞬、リロイ・ウィンターが素に戻る。
「ははは。そうね。私も毎晩素振りしかできてないし」
ナタリアの言葉に、騎士たちはこっそりアニーを捕まえて尋ねる。
「・・・まさかと思うが、奥様は・・・」
「ええと・・・。夕食後ひと段落したら、その・・・。小一時間ほど・・・?」
ローレンスが東館で生息している間、ナタリアは就寝までのびのびと過ごしている。
最初は警戒して貴婦人のまねごとをしていたが、身体を動かさないと落ちつかないらしく、寝室がほぼ密室なのをよいことに軽い鍛錬を欠かさず行うようになった。
アニーたちには内緒にしてもらっていたが、それももう本日解禁だ。
「じゃ、始めましょうか」
適当な木剣を二本掴んですたすた歩き始めると、リロイは三本持って後を追う。
二人は適当なところに三本ぽいっと放ると、構え合った。
「では行きます。五本勝負」
「はい」
二人は同時に一礼し、次の瞬間。
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