噂に関する人々の反応



 ――ローザの懸念した通り、アルベルトの訃報はあっという間に広まった。



 ペアグラント侯爵夫人の夜会では、


「王家はゴタゴタが続きますね」

「アルベルト陛下は元々秀でた方ではありませんでしたし」

「王位は荷が勝ち過ぎましたかな」


 などと貴族たちが口さがなくアルベルトを評していた。

 賑わう雑談から少し離れた場所で不機嫌にしている青年がいた。


「ヴァイス様?」


 彼の名はヴァイス。フェルナンド伯爵令息である。

 連れの令嬢――ミランダ・アップルトンが心配げに声をかけられ、ヴァイスは表情を改めた。


「すまないミランダ。大丈夫だ」

「その澄ましたお顔は我慢しているお顔ですわね」

「そうやって断言するのはミランダ、君だけだよ」

「婚約者ですから。ヴァイス様は国王陛下のことがご心配なのですよね」

「ああ、うん」


 心配。確かに心配もしているが、ヴァイスは自分の敬愛する陛下を貶める発言に腹を立てているのだった。


「陛下はきっとご健在だ」


 だから、はっきりと周囲に聞こえるように言ってやった。


「そうあっていただかねば、私たちの結婚式に招待できないからね」

「まあ」


 ミランダがくすくすと笑った。こうして婚約者の笑顔を間近で見ることができるのもアルベルト陛下の尽力のおかげだとヴァイスは知っている。


「我々にできることはつまらぬ噂に踊らされることではなく、主君を信じ、必要とされた時に全力を出せるよう備えることだけだよ」


 自分に言い聞かせるようなヴァイスの言葉にパチパチと拍手をする者がいた。


「よく仰いましたね、フェルナンド卿」


 それはペアグラント侯爵夫人だった。


「わたくしも陛下はご無事であられると思います。わたくしの夫もね。少なくとも我が侯爵家に連なる貴族方はヒルグレイブ家の噂に踊らされるようなことのないよう、くれぐれもお願いしますね」


 噂話をしていた貴族たちは気まずそうにそそくさと席を外していく。

 ヴァイスは侯爵夫人に歩み寄り、深く一礼した。ミランダも慌ててそれに倣う。


「ペアグラント侯爵夫人」

「あら? なにかしら」

「感謝致します」

「礼を言われることではありません」

「ペアグラント侯爵夫人も、アルベルト陛下を信じていらっしゃるのですか?」


 侯爵夫人は扇子で顔の大部分を隠し、空いた手で体を抱きしめるようにした。


「……信じる信じないではありません。あの方の底知れぬ才気は先代の陛下に勝るとも劣らぬものです。いつかの舞踏会でお会いした時に感じました。それに」

「それに?」

「ヒルグレイブ家の思い通りになど、させてたまるものですか」






 王都ミレニアル、第三憲兵隊所属の憲兵ゼンの耳にも国王陛下の噂話は届いていた。ダンジョンで亡くなっただの、行方不明になっただの、某貴族に暗殺されただの、次の王はシャルロット様だのと枚挙にいとまがない。


「ゼンさんはどう思う?」


 警邏担当地区で屋台をしている顔見知りの若者に問われ、ゼンはやれやれと肩をすくめた。


「陛下がお亡くなりになるわけがないだろ」

「でも王宮でもここ数日姿を見た者はいないらしいよ?」

「どこ情報だよソレは」

「みんな言ってるって。知らねえの?」

「みんなって誰だよ……」


 若者も信じ切っているわけではないにしろ、城下で今一番盛り上がっている話題であるため興味は尽きないようだった。


「噂はどうあれ、陛下はご無事だよ」

「さっきからやけに断言するね。王室尊崇そんすうのキモチってやつ?」

「そんなんじゃないけどな」

「じゃあ何?」


 ゼンは、んー、と少し唸った。脳裏に浮かぶのはあの日出会ったアルスという名の少年の顔と、王宮の謁見の間で拝謁したアルベルト国王陛下の御姿。


「あの方は簡単に死んだり殺されたりするようなタマじゃない、ってことだ。俺はよく知ってるんだ」

「へえー……。やっぱ憲兵ともなると言う事がちょっと違うね。陛下はご無事だってゼンさんが言ってた、って広めてもいい?」

「いや、俺の名前は出すな。隊長に知られたらどやされるどころじゃすまない」

「あはは。そりゃ大変だ」

「名前出すなよ、ホントに」


 ゼンはアルベルト陛下の安否については一切心配していなかったが、その動向は気になっていた。


「何をやらかしたんだろうかね、あのやたら腰の軽い王様は……」

「ん? なんて?」

「なんでもない」






 剣の神の神殿の主であるエミリア・ヴィンセントは、両手を腰に当てて眼前の闖入者を見下ろしていた。整った眉をひそめ、端正な顔は大きく歪んでいる。


「……」


 現実から目を背けるように瞑目し、発する言葉を時間をかけて吟味し、幾度か口を開こうとしては止めて、深く重い溜息を吐いた。


「……巷の話題独占中のアンタが、どういう理由で私の前に姿を見せたのか、一切合財包み隠さず説明してもらえるかしら? ねえ、アル?」


 昔ながらの呼び方できつい言葉を浴びせられたエミリアの幼馴染――アルベルトは愛想笑いを凡庸な顔に張り付けて、頬を掻いた。その後ろにいる大勢の連れは――幼女コアル少女エンズの二名を除き――剣の巫女の剣幕にビビっていた。


「あ、あはは。エミリア、なんか怒ってない?」

「怒ってるに決まってるでしょ!! 死んではないと思ってたけど、ど――」


 どれだけ心配したと思ってるのよ、という台詞を飲み込んだエミリアは代わりにアルベルトを激しく罵倒した。


「ド馬鹿!!」

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