十二月二〇日  ようがし 下

 明くる日の明くる日、克哉は杏を待ち構えていた。

 怯えた杏は回れ右をしたが、襟を引かれ否応なく厨房に引きずりこまれる。犬や猫ではないと克哉を睨めば、杏のことなど眼中になかった。ただただ悔しい杏は頬を膨らませ、克哉に並ぶ。


「これから作る菓子はな、初めて作る。要するに実験だ」


 本来ならば、『試作』であるが、詳しくはわからない杏は難しい顔で腕組みをした克哉を見上げた。


「昨日のかぼちゃのケークは牛酪バターや小麦粉がたっぷりと入っていたから、病人の腹には優しくないものになったんだ」


 高らかな分析の勢いをおされた杏は理解が追い付かない。至極、使命に燃えているような気がして、余計なことは言うまいと決めた。もともと人の言葉に切り込む性格ではない。


「南瓜は十分に甘いから、卵と風味付けの牛酪を混ぜて焼き固めてみようと思う」


 そう言うや否や、どん、と杏の目の前に南瓜をすりつぶしたものが入った鉢と木べらが置かれた。克哉が構想した通りに作り、焼き固める。

 結果として、粉を使ってないのに、妙に粉っぽいものができた。喉がつかえそうだ。杏は兄が作った焦がしかけの餡を思い出した。ほんのりと苦くて、口の中の水を全て持っていくものだ。それとよく似ていた。

 試しに食べた料理長もしぶい顔をする。これを作った理由を聞き、事も無げに良策をこぼした。


「坊っちゃんが作られた、カスタードプディングはどうです? 甘くて、のど越しもよくて、卵も使っているので滋養にもいいでしょうに」


 は、と克哉は目を見開いた。そうだ、南瓜にこだわらなくてもいいじゃないか、と項垂れて額を押さえている。

 杏は、明日もこれなのかと遠い目をしてしまった。



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