09 復讐の少女。
リクルートゥ王の城へ戻った。
ジェフとエグジは歳が近いから友だちになれるとばかり思ったのだけれど、互いに睨み合ってしまい握手もしない。
なんだかバチバチの火花を散らしそうな睨み合いである。
「弟子候補がこんな子どもだとは聞いていませんでした」
なんか、私に向かっても、刺々しいジェフ。
「僕より年下ではありませんか……」
「何? 妬いてるの?」
冗談でジェフの頬をつついたら、トマトみたいに真っ赤になった。
「なっ! 違います!! 僕はリリカ様の友人として心配しているのです!!」
ムキになって、可愛い。
「それと……抱えている見たことのない生き物はなんですか?」
「ああ、これはエグジの友だち。守護獣のエラン。私とエグジで作った魔法の生き物だよ」
私はエランを大事に抱えたエグジの横でしゃげみ、簡潔に紹介をした。
目の前でジェフが、これでもかと目を見開く。
「……それって、魔法で、生き物を創造したってことですか!?」
「うん、守護獣の創造魔法を作った。今はまだ赤ちゃんだけれど、これから成長して、守護獣という名に相応しい強くて守ってくれる存在になるよ」
口をパクパクしたジェフは、次も声を上げる。
「クフリーラウス国の魔導師の研究室で作ったのですか!? 新たな魔法を作るなら、この城にあなただけの研究室があるのに!! あなたの新しい魔法をクフリーラウス国の魔導師に盗まれたらどうするのですか!? 新たな命を生み出す魔法なんて! とんでもない魔法ではないですか!!」
怒った。
「んー。最年長の魔導師がずっと見てたけれど、どうだろうか。古代魔法も加えたし、賢者の石のエキスも入れたし、私ほど天才じゃないと思うし、真似は出来ないと思うよ」
守護獣の創造魔法は、ちゃんと魔導書に書き記したけれど、それはちゃんと私が持っている。
例え読んだ者がいたとしても、実際に作れる者はきっと私だけだと思う。今はね。
ちらりとエグジに目を向けたが、それからもジェフの説教は続いた。
これからは新しい魔法を作るなら、この城の自分の研究室で作るように約束。
どこに私の新しい魔法を盗む魔導師がいるかわからないからだ。
いても、私は世界を救った英雄。そんな英雄から盗むなんて、かなりの重い罪に問われるだろう。
それに私は天才魔導師。真似なんて出来ないほどの天才魔導師。
……とか言ったら、そういう問題ではないとカンカンに怒ってしまいそうだったので言わないでおいた。
それから数日の間は、エランの観察日記をエグジにつけてもらいつつ、私がこの異世界に来たばかりの時のように最初に読んだ魔導書の中身を覚えてもらう。そして一つずつ、魔法を使えるように練習をさせた。私ほどの天才ではないけれど、覚えは早い方だと見ていた魔導師達が感心していた。流石天才魔術師である私が、弟子と認めただけはあると。
エグジにそれを伝えると、嬉しそうに頬を赤らめて「もっと頑張ります!」と言った。
一週間が経つ。
「エグジ! エグジ、エグジ!」
「なんですか? リリカ師匠。そんな連呼しなくても聞こえてますよ」
「今思いついたんだけれど、エランに喋れる知能をつけようよ!」
エランの観察日記をつけていたエグジに、ぴったり寄り添うように肩をくっつけて私は提案した。
「……知能を、つけるって……あとから出来るんですか?」
信じられないと口をあんぐり開けるエグジ。
「植物や動物に喋らせて道を聞くような魔法が大昔にあってね。だからその魔法を改良すれば、エランも喋れるようになるよ!」
「す、すごい! 流石、天才魔術師リリカ師匠!!」
「もっと褒めたまえ、弟子よ」
私は髪を掻き上げて、ポーズを決めた。
さらっと靡かせた長い髪は邪魔になりそうだから、まとめるために髪留めを探す。
「大変です! リリカ様!!」
そこで、部屋の外から声が上げられた。
「何?」
私は飲み仲間だった騎士の用件を聞くために、扉を開ける。
「城壁の門まで来てください!」
「ええー。今から新しい魔法を作りたいんだけど」
「大変なんです!!」
思い立ったら即行動のモットーがあるから、今すぐとりかかりたいんだけれど。
大変だというので、私はさっさと確認するために、杖を持つ。
「おれも行っていいですか?」とエグジがエランを肩に乗せて言うから、いいよーっと答えて、騎士と一緒に転移魔法で移動した。
ギョッとしてしまう。
城壁の周りには川があるので、橋をかけていて、街と繋げている。
その橋を渡ろうとする民衆が押し寄せていたのだ。
「リリカ様だ!!」
「天才魔術師リリカ様!! どうか私を弟子にしてください!!」
「リリカ様! うちの息子にはきっと才能があります!! どうか弟子に!」
私の姿を見付けるなり、名前を呼んでは、弟子、弟子、弟子の言葉を叫ぶ。
「リリカ様! 申し訳ありません! どうやら弟子をとったという噂が広まり、志願者が押し寄せてきたみたいです」
駆け付けたジェフが、状況を教えてくれる。
なるほど。困ったな。
私はこの城に住まわせてもらっているだけなのに、こうも群がられては迷惑だ。
騎士達が橋を渡らないように塞いでいるが、本来の彼らの仕事ではない。
私は一刻も早くエランを喋らせたいし、対応する気分ではないのだ。
そうでなくても、多分この多さにやる気は出ないだろう。
どうしたものかと、頭を掻いたら、気配を感じた。
隣にシャンテが現れたのだ。
「群がるな、人間ども。この方の弟子になりたくば、この壁を壊してみせろ」
シャンテの登場で少し静まり返ったその場に、声を響かせたかと思えば、トゲの壁を作り上げた。
橋の向こうが見えなくなるほどの大きな壁だ。初めて戦った時のかったいトゲだろう。
きっとこの壁を壊せる者は、向こう側にいない。
「ありがとう、シャンテ。助かったよ」
「これしきのことでお礼など、もったいないです」
一度お辞儀をすると、シャンテは持っていたものを地面に落とした。
「……どうしたの? シャンテ。女の子を拉致してきたの?」
「はい。そうです。リリカ様」
「いや、認められても困る」
シャンテが持ってきたのは、少女だ。
きらきらした金髪はボブの長さに切りそろえられていて、その隙間から長い耳が突き出ていた。
妖精エルフの少女だ。気を失っているが、両手には短剣を握り締めたまま。器用な子だ。
「他種族を殺して回っていた魔物を退治しに赴いたところ、ちょうどこの少女が倒していました。短剣を振るい攻撃つつ、詠唱を行い、魔法でトドメをさしていました。魔法の才能はあると見込んで、弟子候補に最適だと判断して連れてきました」
「それは興味深い! 元々人間より魔法を器用にこなす種族だと聞くけれど……剣を振りながら詠唱か。……でもさ、シャンテ。私もうエグジを弟子にしたから」
魔王直々に退治しに行くほどの魔物を、この少女は短剣出で攻撃しつつ詠唱を行い、魔法でトドメをさした。
興味深い。起こしてどうやったのか詳細を聞きたいところだけれど。
弟子候補は、もういいんだよな。
シャンテはエグジを見たあと。
「……要らないと仰るなら元の場所に戻してきます」
そう捨てられた犬か何かみたいに言った。
「そもそもなんで気絶してるのこの子」
「抵抗したので、気絶させて持ってきました」
抵抗するだろうなぁ、普通。
持ってきましたって言ったよ、この魔王。
私は少女を起こそうと覗き込んだ。次の瞬間、すちゃっと交差した短剣が首に突き付けられた。
「あ、起きた」
首を掻き切られる状態ではあるけれど、私はちゃんとシャンテが手加減したことに安堵する。
翡翠の瞳は、キョロキョロと辺りを見回して、自分の置かれている状況を把握しようとしていた。
「おはよう、どこにいたの? さっき魔物を退治したらしいけれど、どんな魔法を使ったの? あ、ここはキャロッテステッレ国の城だよ」
「”――トゥルナーレ――”!」
質問をするけれど、教えるべきだろうと思い、ここはどこかを教える。
すると、転移魔法の呪文を唱えた。私は指を鳴らして、移動することを阻止する。
一度は消えたエルフの少女は、私の真上に現れた。そして私の上に落ちる。
私の背に着地して、再び短剣を突き付けた。
「退け。踏み潰していいお方ではないぞ」
「魔物っ!! 魔物風情がっ!!」
大丈夫、軽いよ。と言ったけれど、エルフの少女の怒声に掻き消された。
「無礼だぞ! その方を誰だと!!」
ジェフも、怒り出す。
「天才を名乗る魔導師リリカ! 新たな魔物の王を選んだ大バカ者!!」
私の背の上で、エルフの少女は声を荒げた。
「魔物は皆根絶やしにするべきだった!! なのにっ! この女もっ! 貴様もっ!」
言葉の途中だったけれど、短剣を突き刺そうとしたのか、魔法壁が発動して、少女は吹っ飛んだ。
私は起き上がって、んーっと背伸びをした。
「ねー、お嬢さん? 根絶やしにすべきなんて、前の魔王と同じ発言だよ? だめ」
今回は橋の上で転がった少女は、起き上がるとすぐにギロリと睨みつける。
憎しみを込めて、私とシャンテを見た。
「魔物の軍はわたしの故郷をっ! 森を焼き払い、家族も友人も隣人も根絶やしにした!! ならばっ、わたしが根絶やしにしてやる!!!」
復讐心か。
「シャンテ。あなた、エルフの森を焼き払ったことある?」
「ありません。前魔王が命令を下したところを聞いたことならあります。確か、フューリーの森」
「気安く故郷の森の名を言うな!! ”――ヴェンド――”!」
シャンテが彼女の故郷の名を口にしたことで、地雷を踏み抜いたらしい。
風の魔法を発動させて、風を纏い、飛んできた。
シャンテを狙ったけれど、間にいた私が彼女の腹に杖を叩きつけてねじ伏せる。
「がはっ!」
「シャンテは違うって言ってるでしょう。あなたの復讐相手じゃない」
「ぐっ、う! 魔物の言うことを信じるなんて! ありえない!!」
まだ風の魔法を纏っている彼女は、地面から起き上がると、私に向かって来た。
今度は、間にシャンテが割り込んだ。
シャンテと少女が直接対決する前に、シャンテの頭を杖を叩きつけた。膝をついたシャンテの肩に手をついて、足を空に向かって振り上げたあと、向かってきた少女に蹴りをかます。
少女は、受け止めた。短剣で刺そうとするから、また魔法壁が作動する。
「”――リズヴェーリョン――”!!」
身体能力強化の魔法か。
風魔法を強化したスピードも合わさって、魔法壁を短剣で壊した。
思わず、ヒューッと口笛を吹く。なかなかの強さだ。
そして、私の喉を切り裂こうとした。でも二枚目の壁が阻む。
「なるほど、短剣に風属性を付与しているのね」
魔法壁越しに観察をする。
「いや違う。元から、風属性で作った魔法の短剣ね。あなた、作ったの?」
「何故だ!! 何故あの時、魔王軍を根絶やしにしなかった!? あの魔法なら! 全ての魔物を根絶やしに出来たのに!!!」
「あの時? んー……ああ、魔王軍に放った轟音烈火炸裂魔法のことかな」
さらに強化してある二枚目の魔法壁に、何度も短剣を叩きつけて声を上げる少女。
多分、王達に許可を得て使った、新しく作り上げた超広範囲の攻撃魔法のことだろう。
確かにあれなら、根絶やしに出来ただろうけれども。
「あの戦争にも参加していたのね」
「あの時は魔物を滅ぼしてくれると! 希望を抱いたのに!! 新しい魔王なんて選んだ瞬間、絶望した!! 何が英雄だ!!!」
私は肩を竦める。
「魔物を滅ぼしたあと、あなたに残るのはなんだと思う? 変わらないよ。きっと絶望は変わらず、その胸の中にこびりついたまま。全ての魔物を根絶やしにしたところで、家族も友人も隣人も戻らない。わかっているよね? あなたの全てを奪った魔物達と、同じになりたいの?」
「うるさい! 黙れ!! 黙れぇええ!!!」
激怒しては激しく短剣を叩きつけるけれど、それだけでは二枚目の魔法壁は壊せない。
「”――エエースピロジオーネ・ヴェンド――”!!!」
「おっと」
風の刃の爆発を起こすものだから、私は杖を掲げた。
そばには、ジェフもエグジもいたのだ。
周囲に魔法壁を作り上げて、その風の魔法の被害範囲を狭めた。
「ん?」
風魔法の中に、いたはずの少女がいない。
後ろか、と振り返れば、二枚目の魔法壁が壊された。
私は少女の足に杖を差し込んで、バランスを崩す。片手をついた少女はすぐに体勢を整えて、立ち上がる。
短剣を振り上げてきた。三枚目の魔法壁はあるけれど、発動する前に短剣を持つ手を掴み、捩じる。
もう片方の手は蹴って、短剣を飛ばす。
手が使えなくなった少女が頭突きをしようとしたから、私の方から頭突きをしてやった。
一瞬だけ怯んだが、少女は足を振り上げようとする。
「あなたの戦闘能力の高さ、いいね! 気に入ったよ」
その足を、私の足で落としたあとに告げる。
「私の弟子にならない?」
少女は驚いて、翡翠の瞳を見開いた。
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