こぼれ話 第五王子暗殺未遂事件、責は誰に

 ノアの暗殺に巻き込まれ、私までもが生命の危機に晒された事件当日。


 ギーゼラの忠義の言葉を受け取り、着替えを終えて部屋を出ると、少し前に帰宅していたらしい両親に出くわした。


 父にもたれかかるようにしてなんとか身体を支えていた母の顔は蒼く、父もいつもより眉が下がっている。


「エヴァ!! 良く無事で……あぁ、怪我も無いのですね?!」


 使用人達の目も憚らずにこちらへ駆け寄る母に描き抱かれ、顔から足までを確かめるように撫で回される。


「お母さっ、ま……私は大事ありません。それよりもノア様は? 視える場所にお怪我は無いようでしたが」


 頬を両手で包まれたものだから危うく淑女にあるまじき声を上げるところだった。


 私の問いに答えたのは父レーモン公。


「案ずるな、軽い打撲はあるが医師の見立てではお命に関わるような怪我ではない。既に、到着した王宮騎士団と共にお帰りになられた」


「申し訳ありません、お父様。ノア様をあのような場所にお連れしたのは私の責、当家からの追放でお父様のお立場が守られるなら……」


 第五王子の命を危険に晒したのだ、何らかの責任追及は免れまい。幸い、仕事に困らない程度の学問と武芸を修めたと、それぞれの師からお墨付きは貰っている。最悪でも命さえ落とさなければ、貴族の地位から遠ざかる事でクロエとの接触が容易になるとも考えられるだろう。


「馬鹿者、そんな事を気にする必要は無い。今は愛娘の無事を喜ぶ時だ」


「あなた……」


 母と共に強く抱き寄せられて分かった事だが、私の頭を撫でる父の手は僅かに震えていた。


「詫びねばならないのは私の方だ。配下が足りぬのであれば傭兵なりを雇ってでも警備を維持するべきを、お前の聡明さに甘えてしまった。愚かな父を許しておくれ」


「いいや! 責められるべきは不敬にも俺を手にかけんとした刺客、ひいてはそれを手引きした者だ。レーモン公、貴方が責められる所など一つも無い!」


 転びかけながら飛び込んで来たのは、帰ったと聞かされていたノア。すぐ後ろには止めようとして振り払われたらしい護衛の姿があった。予期せぬ王子の登場に、両親と一緒になって居住まいを正し、傾聴する。


「次いで責められるべきは……俺だ。我儘を言って稽古に足を運び、武術教室を開くきっかけを作った俺だ! 警備を維持する為に王宮から人員を派遣すべきだった。貴方の御息女を巻き込んでしまい申し訳無い。国王陛下には今夜にでも俺から報告し、公爵家に非が無い事をお伝えしておく」


 国内最上級の責任の被り合いは、王子の謝罪で決着が付いたようだ。ここまで言われては父も己が過失を主張し続ける事は出来まい。


「恐れ多いお言葉、痛み入ります。私も明朝には王宮へ参じ、事の次第を陛下にご報告申し上げる所存。我が娘は心配御無用です故、陽が落ち切る前にご帰参を」


 それから、と続ける父。


「堂々としたご立派なお振舞い、お見事です。我が家の敷地をお使い頂いた事が貴方様のご成長の一助になれたのやもと思えるだけで、生涯の誉れに存じます」


 ようやく年相応の表情を覗かせたノアは涙に歪みそうになる顔を隠すように踵を返すと、一瞬だけ肩越しに私へ視線を送り、その場を後にした。


 ※※※


 ノアと共に護衛や騎士団が去ると、屋敷は静寂に包まれた。実際には使用人達が大勢居るのだが、先程までの大騒ぎのせいでそう感じられる。


 王子が帰ってから最優先で湯浴みをさせられ、身なりを整えられると、続け様に医師の診断を受けさせられた。そうして異常が無い事を確認してようやく今、食事にありついている。普段なら既に自室へ戻っている時間だ。


 生前はこれといった好物の無かった私だが、今の身体はエヴァの嗜好に寄っており、意図せず多く食べる料理が存在する。そんな嗜好をしっかり把握している料理長が気を利かせたらしいディナーは、私の好物ばかりが並んだ。


「エヴァ、食が進んでいませんよ? 今日は疲れたでしょう。もっとお食べなさい」


「そうだな、今はよく食べて休む時だ。事後は気にせず英気を養いなさい」


 いつもなら意図せず手が伸びる料理を前にして固まっているのは心身の疲労が理由ではない。


「お父様、お母様……そのように近くで見られては食べにくいのですが……」


 両親自ら運んで来た椅子が私のすぐ両側にある、だけならまだいい。

 そこに座る両親が5歳児の世話でもするように寄り添っていては、餓死寸前でもなければ料理に手は伸びないというものだ。


「どうしましょうあなた! やはり食欲が無いようです」


「無理もない。しかし案ずる事は無いよエヴァ。我が家の厨房は皆、信用出来る者ばかりだ。毒味も済んでいるから安心して食べなさい」


 慌てふためく母はいつも通りとしても、父まで澄ました顔で見当違いな事を言っているのはとても滑稽な光景だ。被害者が私でなければほくそ笑んでいるのだが。


「いえ、そういう事ではなく……お母様、切り分けて頂かなくても。あの、一人で食べられますから…………もぐ、とても美味しいです」

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