[10章6話-1]:夕暮れの相談者




 佐々木家との断絶を宣言してから1ヶ月。茜音は一人、珠実園の教室で作業をしていた。


 もう少し先だけど、冬から春へ飾り付けの模様替えも自分の仕事であるので、その準備に入っている。


 そこに一人の来客が扉を開けて入ってきた。


「こんにちは」


「遅い時間に申し訳ありません。どなたもご予約がなく、教室にいらっしゃるとのことでしたので」


 いつも、この教室に相談に来る年代ではない高齢の女性だった。


「いえ、構いませんよ」


 折り紙とはさみを片付けて、机を直した。


 ドアの所に『相談中』の札を出す。どうしてもプライベートの話が多いため、他人には中に入って欲しくない相談者も多いため、取り次ぎなどはドアの所に張り付けておいてもらうのが暗黙の了解になっていた。


「実は、行方が分からない孫を捜しております」


「お孫さんですか?」


 それならこの年代でも納得がいく。同じような相談は時折受けることがある。


 この時間ならもう他の相談もないだろう。受付に電話をして、自分宛の面会を止めてもらった。


 センシティブな事情を聞くために、座る場所と向きを変えて、小声で会話が出来るようにした。


「私の娘は、ずいぶん身分違いの恋をしてしまいまして。昔ではありませんから、問題はないのでしょうが、娘が苦労することや相手のお家のこともあり反対をしておりました」


「せっかくのお話なのに、それを言わなければならないというのも辛いですよね……」


 彼女は茜音を見て微笑んだ。


「仕方ありません。しかし、二人は意を決して家を飛び出してしまったのです」


「そんな……。駆け落ちですか……」


 相談ノートに事情を書き綴っていくうちに、なにかが引っかかる。でもこれは仕事だ。続けてもらった。


「そのときが、娘を見た最後でした。後に娘は事故で亡くなったのです」


「残念なことに……。そこでお孫さんがいたことを?」


「娘が飛び出したことに主人は本当に怒り、籍を抜いてしまったのです。孫がいたことやその子にはなんの罪もないことは以前から分かっておりましたが、主人の手前、それを口に出すことは出来なかったのです」


「はぃ……」


「きっと、こちらのような施設にお世話になっているのではないかと、探し始めたのです」


「それはどうして……」


 必死に冷静を保ちながら、メモを取る。この件はかなり自分には重そうだった。


「昨年、そんな主人も亡くなりました。口では娘のことを最後まで怒っておりましたが、本音は寂しかったのでしょう。亡くなる直前に、娘と孫の名前を口にしたのです。一度だけ知る機会があり、それをちゃんと覚えていたんですね。今さらその子に対して言う事はありません。元気に過ごしているならそれでいい。ただ、私も動けるうちに、主人の代わりに謝罪をしなければなりません。それを止められなかったのは私も同罪なのですから」


「うん……」


 仕事中に引き込まれてはいけないと知っていながら、こらえきれなくなった涙をそっとハンカチで拭い、再びペンを取る。


「申し訳ありません……。あの……、そのお孫さんのお名前を教えていただけませんか?」


 茜音は視線を上げた。そして気づく。


 自分と同じ瞳の色だと……。

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