[3章2話-5]:試験会場に現れた伝説
後から健が追いかけているとは想像もしていない未来は、予定よりも早く到着していた。
やはり、人気のある学校だ。進学塾の教師らしき姿や、会場まで送ってきた父兄などの姿も多い。
受験票を確かめてみると、体育館ではなく、教室の方だと知りほっとする。茜音に言わせれば、どうしても体育館だと寒いので、手が
受験番号を確認して、席に座り筆記用具などを用意したときに、彼女はようやく気がついた。
昨日もらったお守りが入っていない。朝食や出掛けるところまでは覚えている。玄関で置いてきたのか。
決して試験で使う物では無いけれど、精神的な支えとしてあれ以上の物は考えられないだけに、自分のドジさを恨むしかない。
途中で気付いたとしても、いまさら持ってきてもらうわけにはいかないし。
仕方ないので、落ち着かせるために参考書を開く。徐々に教室の中に人が増えて、教室の中にまた一人入ってきた時も、未来は集中を切らさないようにしていた。それでも、なぜか教室の中がざわめいたのに気づく。
顔を上げると、思わずぽかんとしてしまう。
ドアが開いたそこにいたのが、いつもどおりにブレザーからきっちり膝丈のスカート、ハイソックスまで、各中学の制服が入り交じる中、櫻峰高校の制服を着こなして入ってきたのが、この学校の最上級生でもある茜音だったから。
中には片岡という名札を見てそれが、あの噂になる人物だと気づいた者もいたようだ。
茜音は何事も無かったように、受験番号を確かめるようにして、自分のところで立ち止まった。
「おはようございます。忘れ物としてお届けがありました」
事務的に言うと、封筒を渡してくれた。見慣れた茜音の字だ。受験番号を教えていたのを覚えていてくれたのだろう。それをもっともらしく封筒の表側に書き込んである。
「あ、ありがとうございます」
他の受験生には分からないほど一瞬だったけれど、いつものように笑ってくれた。
「失礼しました。みなさん頑張ってくださいね」
また事務的に教室を出て行ったが、今までのピリピリした空気が和らいだ。
あの大先輩に会えたと喜ぶ女の子たちもいる。
封筒の中には、あの忘れてしまった品物が入っていた。
今朝までは無かった、途中のページに折り目が入っている。開いてみると『落ち着いて頑張って!』と封筒の表と同じ字で走り書きがしてある。
どんな経緯か、これを受け取った茜音は、なんとか試験前に届けるように遺失物を装って会場に潜り込んでくれたのだと。
こんな緊張感が張り詰める会場に怪しまれずに入り込めるというのは、茜音が学校でも公に信頼を得ているからに他ならない。
同じ場所に、応援がいてくれる。それだけで緊張は解れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます