[1章3話ー1]:誕生日と同じく大切な日




 再びバスと電車を乗り継ぎ、何度も来たことのある店の前に着いた。こぢんまりとした店構えの個人宅レストランで、別客がいても個室に区切ってくれる。


 幼いころはファミリーレストランすら人目が気になり苦手だった茜音にも都合がよく、片岡家では茜音が小さい頃からよく使っているお店だ。




「いらっしゃいませ。もうご両親見えてますよ」


 お店のマスターさんも茜音のことを覚えている。奥の個室に通されて、お祝いの食事が始まった。


「こんなわたしのこと、家族にしてくれて本当にありがとぉ……」


 いつになく深々と頭を下げる。家族の中では9月10日の茜音の誕生日と同じくらい重要な日だ。


「茜音を任せてもらえると決まって、本当によかった。難しい子だと聞いていたからなぁ」


 夫婦となり、家族がなかなか増えないことをきっかけに病院で告げられた現実。そこに茜音の存在というものは大きなものだった。


「うん……。事故のことで結構有名になっちゃったから……、わたしに面会した人は多かったよ……。でも、ダメだったの。だんだん人に会うのが怖くなっちゃって……。お父さんとお母さんは、初めて会ったときから大丈夫だったかも。さっき話してくれた条件なんかは知らされていなかったけど、よかったと思う」


 当時を思い出すように茜音は話す。


 夫妻の他にも彼女と面接をしていたところはあった。しかし、当時の茜音は環境の変化によるショックなどから非常に扱いにくい子だったこと。また数時間前に知った自分に付けられていた条件。


 何回か面接をしていくうちに、ほとんどの候補が消えていった。


 片岡家に来る最終的な決定は、茜音を本当の家族として養子の籍を入れることだったという。苗字は変わってしまうかもしれないが、彼女の生い立ちや経歴を考えると、18歳で期限が切れてしまう里親よりも、一生家族関係を持っていける養子縁組の方がよかったと判断したらしい。


「あの話は聞いていたから、きっと早い時期に家を出て行ってしまうことは分かっていたよ。それでも茜音が帰ってこられる家を作ってあげたほうがよかったからね」


 施設にいた頃の彼女の評判は、『何も話さない難しい子』だった。しかし、数度会っている中で、実際には何も話さない訳ではなく、サインが他の子に比べ目立たないだけだということが分かり、それを理解してあげることで茜音の心を開くことに成功した。


 引き取ってみると、夫妻には茜音は手のかからない子だった。8歳という年齢にもかかわらず、基本的なマナーや作法はすでに備わっていたし、小さい子には難しいフォーマルの服も一人で着られることもわかり、茜音が生まれ育った家での教育がしっかりしていたことをうかがわせた。




「そろそろ着いてるかな?」


「はぅ?」


 料理もあまり進めていない状態で、両親が顔を見合わせた時に、先ほど案内してくれたオーナーが顔を出した。


「お、見えましたか? 通してあげてください」


「え~~~~!?」


 茜音は思わず椅子から腰を浮かした。


 続いて扉から姿を見せたのは、紛れもなく茜音と先日再会を果たしたばかり、しかも昨日二人で会ったはずの松永健本人だったから。


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