小説家になるの?

※注意

本作は小説投稿サイトで規約違反となる行動を推奨するものではありません。




 今日も今日とて、晩秋の視聴覚準備室に姿を見せるのは、文芸部員の花田はなだと僕の二人きり。


「俺も、お前にならって小説を書いてみようと思う」


 黒縁眼鏡の奥から切れ長の目を輝かせながら、花田の整った面持ちが意を決したように語り出す。


「それは良い心がけだ」


 そう答えながら、僕は執筆中のノートパソコンのモニタから目を逸らそうとは思わない。こいつが何か思いついて、ろくな内容だった試しがない。そのことはこの半年余りの付き合いで、十分思い知らされているつもりだ。


 そもそも花田の言葉は何から何までおかしい。花田はゴールデンウィーク前に入部した僕よりも前から、既に文芸部に名を連ねていたじゃないか。


「むしろ文芸部員だってのに、この半年以上一本も小説を書こうとしなかったお前は、一体何だったんだ」

「何を言うんだ、石田いしだ。この半年間にはちゃんと意味がある。何しろ俺は文芸部に入部するまで、ろくに小説というものを読んだことがなかったんだ。この半年間はいわば、俺という才能の原石を磨き上げるため、卵から雛が孵るために必要不可欠な雌伏の時だったんだよ」

「自分で言うな」


 なぜか花田が鼻高々なので、僕はついにモニタから顔を上げてしまった。もちろん冷ややかな目で見返すためだ。


「そんなこと言っても、お前が文芸部員としてまともに活動しているのを、僕は未だに見たことがないぞ」

「それはいくらなんでも石田の観察力が足りない。そう言うならこの半年、俺がいったいどんな活動をしてきたか挙げてみせよう。その一!」


 そう言って花田は僕の目の前に、人差し指を一本突き立ててみせた。


「まず俺はこれまでの読書量の不足を補うため、様々な小説に目を通した。何しろ最近はネットに読み物が溢れているから、そこら辺は手軽で助かった」

「へえ」


 確かに今時は電子書籍が充実してるし、青空文庫みたいに無料で過去の名作を読めるサイトもある。いちいち本屋まで足を伸ばさなくても、良書にありつける機会には事欠かないだろう。花田にしてはなかなか殊勝な取り組みだ。


「俺は『小説家になるの?』で、多くの作品に触れた」

「素人の小説投稿サイトじゃないか!」


 僕はすぐさま先ほどの感心を撤回した。


『小説家になるの?』は日本最大の小説投稿サイトだ。僕もささやかながら、何本か自作の小説を投稿したりしている。だがそれはつまり、そこで読めるのは素人が書いた玉石混淆ということだ。


 そりゃ中には商業作品を凌ぐ名作もあるが、何しろ有象無象に溢れ返っているサイトだ。膨大な作品の群れから良作を見出だす困難は、砂浜に紛れた米粒を選り分けるに等しい。


「なんでよりによって『小説家になるの?』なんだ。最初は古典とか、メジャーなベストセラーとかでいいじゃないか」

「そんなことはないぞ。俺は『小説家になるの?』で様々な作品を読んで、世の中には創作意欲で溢れていることを知った。特に感銘を受けた作品には、思わず感想の山を送りつけてしまったものだ」

「言っとくけど僕はもう、お前からの感想はブロックしてるからな」


 花田はかつて、僕が投稿した作品をこっそり読んで、頻繁に感想を寄越していたことがある。どれもこれも「面白いです!」とか「続きが楽しみです!」とか短文の感想ばかりだったが、その時の僕はついに固定ファンがついたかと喜んだものだ。


 それが花田と知った時の僕の落胆といったら、思い出したくもない。


「なんでそう、俺を拒む。感想が増えれば賑やかしにもなるだろうに」

「僕の作品の感想なら、僕に直接言え。だいたい賑やかしとか、なんだか不正してるみたいで嫌なんだよ。それにもう最近は色んな人からも感想もらえるようになったし、そんなもん必要ない」


 すると花田は口角を吊り上げて、せっかくの端正な顔を思い切り歪めてみせた。どうやら笑っているつもりのようだ。


「甘い、甘いな、石田。ブロックしたことで俺を退けたつもりだろうが、そんなことで引き下がる花田様ではない」

「どういう意味だ」

「俺をブロックしてからお前の作品に書き込まれた感想は、全て俺が別アカウントで書き込んだものだ!」

「……なんだとう?」


 なんか聞き捨てならないことを言い出したぞ。それはお前、サイトの規約違反じゃないか。


「もしかしてお前、複数のアカウントを作って、ご丁寧にそれぞれから僕の作品に感想を送ってたのか」

「その通り! どうだ、この頭脳の冴え! アカウントひとつをブロックされたところで、第二、第三の花田が現れるのだ!」


 まるで漫画かゲームの悪玉みたいな台詞を、花田は嬉々として言い放つ。


 高らかに笑う花田をよそに、僕は早速ノートパソコンから『小説家になるの?』にアクセスした。すぐさまサイトの問い合わせ先に、花田が複数のアカウントを使っていることを通報する。


 しょうもないことをして僕の自尊心を弄ぶとは許せん。第一、下手をすると僕自身が複数アカウントを使ってると誤解されかねない。


 自衛のためにも、この馬鹿には二度と『小説家になるの?』でアカウントが作れないようにしないといけない。


「これが俺の文芸部員としての活動その一だ。わかってくれたか?」

「わかるわけねーだろ!」


 そして僕が『小説家になるの?』の花田のアカウントを全て使用不可にしたと告げると、奴は絶望的な顔で崩れ落ちた。


 もちろん、一片の良心の呵責も湧かなかったことは言うまでもない。


 後に残ったのは、今のところ花田以外から感想をもらえてないという悲しい現実。


 僕の胸中によぎるのは、試合に勝って勝負に負けたような空しさであった。


 とほほ。



 






 

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