第38話 ソステヌートへの潜入
俺とリンは義勇軍の伝手で民間人の服を一そろい手に入れ、中古のダダッカを用意した。
日の出より前にリコと共にタブリプを出て、街道から外れた森の中の古い林業道路へ入り込む。ソステヌートの南側、丘陵地の北斜面を縫うように移動して、まずはテヌート村に向かった。
濃い緑の葉をつけた木々の下をくぐり、街の方角をときどきうかがいながら進む。すこし雲があるが空は晴れていて、ソステヌートの立ち並ぶ赤いレンガ壁と黒い屋根が、幾重にも折り重なったフォルムの繰り返しを青空を背に際立たせていた。
その風景の中に、蟻のように列をなして動き回るものがある。黒い制服に身を包んだギブソン軍の兵士たちと、彼らの操る大小のマシンが、離れたこの場所からでも見分けられた。
「やつら、大通りを盛んに行き来しているようだな」
「ギブソン軍は、主に街の東西、ストンプ
リコの説明になるほど、とうなずく。ここからちょうど見えているのが、そのストンプ通りだった。その南側には、あまり高い建物がない。
東には義勇軍が奪還して臨時の本部を置くタブリプがあり、西は俺たちハモンド軍が攻め上る可能性のある、ウナコルダ南部へつながる街道がある。南にはこの森から続く、険しい山地。
北は街を南北に貫くシャッフル通りからそのまま、トリコルダ方面への街道が伸びている。彼らがジャズマンの資金を持ち去るなら、この街道を使うに違いない。
「しかし妙だな……」
「何がです?」
俺の独り言に、リンが耳ざとく反応した。
「いや。奴らがこのウナコルダに勢力を伸ばし地盤を広げたいのなら……資金をさっさと北へ持ち去るというのも妙な話だと思ってな」
「あ……そうですよね。街一つでもきちんと管理して商売やなんや廻るようにしようと思ったら、お金がそりゃあたくさん要りますよね」
義勇軍にタブリプ東で敗北したために戦線を後退させるのだ、と考えられなくもないが、あの風景を見ているとそれはないと感じる。あれはたった一度の、たまたま諸条件が重なったことで起きた敗戦だ。ギブソン軍はこの地域全体としてはまだ優勢であるはず。ギブソン軍の物量も士気も、ソステヌートではまだ維持されていると考えるべきだろう。
ではなぜ資金の移送を急ぐのか? もしかすると――奴らは北方のどこかで、何か莫大な資金の必要な作戦を展開しているのかもしれない。
「いずれにしても、奴らはこの地を荒らし、富裕な商人の資産を収奪して回ろうという腹なのだな」
「うーん、許せませんねえ」
「とにかく、先を急ぎましょう。ロランド様の立てられた作戦は、少々準備に手間がかかりますので」
リコが俺たちを促して道を先へと進ませた。
俺はたった今この瞬間に、ソステヌートの街中で起きているであろう事態を思い浮べる――ギブソン軍カラーのガラトフ、戦闘でダメージを負ったままかあるいはそう装った機体を駆って、数人の男たちが街へ入っていくところを。
ギブソン軍の黒服や山賊の扮装を身に着けてはいるが、正体はコルグを含む義勇軍の精鋭と、案内役を務めるべく買収された山賊だ。彼らは先の戦闘で機体を失ったり元の部隊にはぐれたりしたもの同士が、数人で寄り集ってありあわせの機体を操って逃げ延びてきた――という設定でまず動く。
呆れた話だが、この世界では今のところ、前世にあった兵士の認識票のような物は使われていない。閲兵があれば名簿との照合も行われるが、基本的に兵士、軍人の所属確認は自己申告による。敗走してきた部隊の人員を迎え入れ、なおかつ接収した資金を移送する準備中とあれば、それなりに混乱しているはず。
コルグたちは、そこに付け込んでジャズマン資金奪回の仕込みをすることになる。ろくな照会もせずにそのまま道路沿いの警戒に駆り出されたりしてくれれば上々だ。
上手くいって欲しいものだが、当面は祈るしかない
トリング農場に着くと、俺たちはダダッカを下りて、農場の荷馬車に乗り込んだ――というよりは、載せられた。この馬車は以前からトリング氏らが街まで作物を運ぶときに利用していたものとのことなのだが、丈の高いものを運べるように、側面の外板が通常の荷馬車よりやや高くできている。
今回はその荷台を二重底に改造してあり、高さ四十数センチほどの隙間が確保されているのだ。俺たちはそこにもぐりこみ、上から底板そっくりの蓋をされた。
上でリンゴ酒かエールか、何か液体の入った重いものを乗せる気配。さらにゴロゴロとなにか硬いものをたくさん載せ、残った隙間にはガサガサと音を立てるものが押し込まれているようだった。
つまり、俺たちはソステヌートへ農作物を運ぶという偽装を施した馬車に隠れて潜入するのだ。
「若様、これって……麦藁積んだ中に隠れるとかじゃダメなんですか?」
「――ダメだ! ソステヌートに入る段になればわかるが……それは素人の隠れ方だぞ」
「玄人の隠れ方なんて、何処で覚えたんだか」
怪しむリンと俺の間には、ケースに入った数丁の拳銃と弾薬、それに手に入る限り小型の軍用通信機も詰め込まれている。金属探知機の類も、ここにはない。
馬車が動き出し、車輪の回転につれて背中の下で板バネが軋んで音を立てる。顔のすぐ上に乗せられた蓋はあまり清潔でなく、馬車が揺れるたびに板の合わせ目から細かい土埃が落ちて、俺たちを咳き込ませた。
「ゲホ……様! この作戦ゲホすっごいダメです! 最低ゲホ!!」
「ゲホ様とはなんだ、ゲホ、ゲホッ!」
――静かにしてください!!
リコが小声で俺たちを注意した。少し離れたところから、甲高い持続音が聞こえてきて――停まった。
――おい、その馬車はなんだ。どこへ行く?
軍人らしい物言いが聞こえて、俺たちは息をひそめた。ポケットにつっこまれていた汚れたハンカチを口に押し当てて、咳をこらえる。
「ソステヌートまで、リンゴ酒とキャニップを売りに行くんですよ。あとは雑貨屋に買い出しです」
――そうか。すまんがちょっと調べさせてもらうぞ。義勇軍を名のる不穏分子が、まだこの辺りをうろついているようなんでな……おい、各員着剣!
「勘弁してくださいよ。そんなもん突き入れられたらキャニップがズタズタになっちまうじゃないですか。売りもんになりませんや」
――心配するな、傷めた分のキャニップは買ってやる。なにもおかしなものがなければ、だがな。
(やっぱりだよ!)
リンは知る由もないが、俺はこういうシチュエーションは戦争映画やらアニメやらでさんざん見ている。主人公が封鎖線を抜けようとして荷馬車の藁の中に隠れていると、必ず敵軍のパトロールに出くわして、銃剣で藁の中をかき回されるのだ。映画の主人公ならギリギリで難を逃れるだろうが、俺のような――中途退場を約束されていたライバルキャラでは、どうなるか分かったものではない。
だからこそ二重底の馬車を仕立てた。前世の言葉で言う「メタ読み」だ。
――ドカッ! ザクッ! ガサガサ……シャクッ!!
銃剣の先端が二重底の蓋に何度か突き立てられ、キャニップがいくつか切り裂かれた。そして乱暴に藁をかき分ける音。
――班長、この馬車はホントに、キャニップとこの樽だけみたいです。
――ふむ……おい農民、お前この樽を開けてみろ。
「しょうがねえなあ、もう」
樽の鏡板に押し込んだコルク栓が取られる音。炭酸がはじけ、リンゴ酒の芳醇な香りが俺のところまで漂って来た。
――リンゴ酒で間違いないようだな。ふふん、一杯づつ貰うぞ。その代わり、通行許可を書いてやろう。検問所に着いたら係員にこれを見せろ。
「へ、へい」
手帳か何かを破り取る音。
――あーあ、貧乏くじだぜ、俺だけお預けかよ。
リンゴ酒にありつけなかった運転手のぼやきと共に、その数人乗りの小型軍用車らしきものが去って行った。
それから一時間ほど後。俺たちは街の南西、シャッフル通りにつながるゲートを通って、無事にソステヌートへ入ったのだった。
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