エピソード・6 砂漠の先住者
第31話 砂漠の変なマシン
調査隊の面々を乗せて、クロクスベがゆったりと飛び続ける。
俺は最前部の見張り台に立ち、手すりに体を預けて砂塵に煙る地平線を監視していた。
(こんな展開は、明らかに今の時点ではなかったはずのものだが……)
いぶかしさが頭を離れない。だが、コルグたちが辺境へ行く話は中盤をやや過ぎたあたりにあるにはあった。
もしかすると、既に今生の――あるとするならば――タイムテーブルはそこまで進んでいるのではないか。俺はもう、死なずに済むのでは。
(いや、いや。油断してはいかん。たとえ原作の展開を離れたように見えても、こんな乱世だ。ちょっとしたはずみで死ぬのが軍人の常だ)
だいたい、俺はこの辺りの話数はほとんど見逃しているのだ。八話と九話と十話と、ああ、それに十二話と十三話の放送も!!
――何でです?
後ろからそんな声がまさかのタイミングでかかり、俺は思わず声を上げてしまった
「野球中継だよ!!」
「はい?」
叫んだ後でおかしいと気づく。今の声はリンだ。俺が「重戦甲ガルムザイン」を見逃した理由など、そんなことを訊いて来たはずがあるものか。
「ヤキュウチュウケイってなんですか」
「ああ、すまん。昔読んだ滑稽本に出てくるセリフなのだが……いや、それより、何が『何でです』だったのだ?」
「若様、本なんて普段そんなに読んでましたっけ……ああいや、そうじゃなくて。何でソリーナさん置いて来たんです?」
む。まさかリンにそれを追及されるとは思わなかった。
「若様、あの方のことがお好きなんでしょう? 連れてくれば良かったのに。それが一番安心だと思いますよ」
「そうだろうか? こんな辺境へ連れてくるのは……」
「あーっ! あたしの質問、半分しか聞いてない! あのですね、あたしに遠慮してとかだったら、怒りますからね?!」
「そんなわけではない!」
「で、あのお姫様のこと、好きなんですか、どうなんですか!」
何だこれは。コルグ、助けてくれ。
願いもむなしく、コルグはブリッジで船長たちと話を続けている。こっちに気づく様子などまったくなかった。
リンはあの農場での戦いの後、トリング氏の昔語りに居合わせていたわけではない。
だがソリーナについて、農場主の娘などではなくとんでもない高貴な身の上、お姫様の類であるということは漠然と見抜いてしまっているらしかった。
「……正直に言えば、惚れ込んだ。容姿も心根も志も、またとはないほどに優れている――だが女人として恋焦がれるというだけではない。主君として仕え守りたい、そんな気持ちも一緒になっているのだ」
「良く言えました。それでいいんですよそれで……それで?」
リンが俺の尻をパンパンと平手でたたいた。目頭に少し涙がにじんでいるように見えるが、砂ぼこりのせいとかではあるまい。そして最後の「それで?」は抑揚が違った。ソリーナを置いて来た真意をあくまで訊く気なのだ。
「ああ……なんというか、近くにいるといろいろ手助けをしてしまいたくなりそうだった。だが、彼女はきっと、それを屈辱に感じるだろう……そばにはトリング氏もいるのだし、彼女には自力で操縦の腕と、人の上に立つ器を磨いて欲しい、とそう思うのだ」
なかば後付けの言い訳。だが、リンはそれでだいぶ納得したようだった――非常に悪い形で。
「要するに、余計なちょっかいを出して嫌われるのが嫌だ、と。ほんっとにもう……いつの間にそんなに悪い男になったんですかね、若様は! まあいいです。私も若様をお慕いしてますし、あの方には負けませんからね! 堂々と勝負です!」
まくしたてると彼女はブリッジ下まで艦首通路を駆けていき、居住区へのドアの前で振り向いてあっかんべえをして見せた。
女心は、どうにも難しい。
「コルグはさ、九歳から十二歳までの間、三年間こっちにいたんだよ」
当直がすんで見張り任務を交代すると、ゲインが格納庫でそんな話をしてくれた。
事情はよくわからない、というのだが、とにかく今クロクスベはコルグが世話になったことのある村へと向かっている。遺跡探索に際して、そこを足掛かりにするつもりだということだった。
「このあたりにも結構、それらしい遺構が残っているようだが……あれはどうなのかな?」
先ほど見張り台にいたときも、地平線のあちこちに錆びた金属の巨大な構造物があった。あれも遺跡なのではないのか。
その質問には、コルグ自身が答えてくれた。
「この辺りで見えているのは、遺跡そのままじゃないんだ。帝国が中原に都を移して五百年くらいから、探掘者が入り込んで金属を採取したり、それも成り立たないほど枯れた場所でも、砂嵐を避けて流民が住み着いたりとか……でも、そういう連中は大概が、まともに話が通じない」
「立ち寄る価値がない、というわけか」
「迂闊に近づいたら、殺されることだってあるって聞いている」
ちょうどそんな感じで話が一段落したとき――船体に妙な衝撃が加わり、警報音が鳴り始めた。
「なんだこの揺れは。ブリッジ、どうしたのだ!?」
――わかりません、
伝声管越しに怒鳴り合う声がしばらく聞こえていたが、やがて報告が入った。
――左舷やや後方二百メルトほどの位置、本艦と並走する何かがいます!
「いや、待て。クロクスベは低速とはいえ、れっきとした空中艦だ。その巡航速度に地上を走ってついて来れる
明らかにおかしい。そんな芸当ができる機体も全くないわけではないが、そうそう見かけるものでもない。
それに、最初の衝撃を感じてから既に十分近くが経過していた。高速機動を続ける時間としては、少々長過ぎはしないか。
「最初の衝撃は、何かわかったか?」
「それがさっぱり……」
操舵手が首を傾げる。だがあのあとはずっと、艦体が妙な振動を起こして安定しない。
「また
俺も左舷銃座の手前にから露天甲板に上がってみた。船首から船尾までをぐるりと見まわすと――船尾に突き出た二本の整流板というかそんな感じの構造物が片方、先端部をすっぱりと断ち切られて消失していた。
トリング氏の言葉を思い出す。起動時に検出した質量バランスから崩れると、
「これが原因か……だが、なんだこれは!? 重戦甲の刀剣でもそうそうこんな風には斬れないぞ!」
艦を破壊したものの正体はすぐに知れた。左舷後方を走る何者かがコースを変更して近づいてきたかと思うと、一条の光線をこちらへ照射したのだ。
「なっ、レーザーか!?」
光線は今回、船体をわずかに掠めただけだった。それでも塗料が泡立って焦げ、嫌なにおいのする煙が発生してこの位置まで漂ってくる。
あれは重戦甲ではない。もっと危険な何か。この世界にあってはならないレベルの、不穏なものがそこにいる。
砂煙が晴れて、そいつの姿が見えた。それは俺のポータインによく似た犬の頭風の頭部をそなえ、脚部を人間とは逆方向に曲げて関節を後方へ突き出した、奇妙な姿をしていた。
「『スピツァード』に似ているが……」
それは、厳密にはこの世界にはない可能性が高い名前だった。TVシリーズのとあるエピソードでコルグたちと戦いを演じた、正体不明の高機動重戦甲があったのだが、設定名は明かされずじまい。
「スピツァード」は翌年発売されたボードゲームにおいて、その機体に非公式につけられていた名前だった。
「妙なものが出てきたな。俺もあれは見たことがない。どうするロランド氏、ガルムザインを出そうか」
コルグがそう申し出たが、俺は首を振った。
「いや、やめた方がいい。あれは
俺はブリッジに向かって怒鳴った。
「まず高度を上げろ、そして遮蔽を取れる物陰を探して入り込むんだ! 闘うよりも、撒くことを考える方がいい!」
やはり、ソリーナを連れて来なくてよかった――急上昇に軋みを上げる艦の上で、俺はそんなことを考えてしまっていた。
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