第6話 ハモンドの軍営

「困ったことをしてくれるものだな。クヴェリの街は中立地帯だ。私の勢力下にあるわけではないのだぞ」


「……はい」


 直立不動で次の言葉を待つ俺の目の前で、ドローバ・ハモンドは二本目のナッツ・バーの包装紙を剥き、一気に半分まで齧った。執務室に軽快な咀嚼音がこだまする。

 ラガスコに着いたあと、さほど待たずに俺はハモンドの前に呼び出され、ただいま直々の事情聴取を受けているところなのだった。


(あー、やっぱりよく食うな、このおっさん!)

 

 ハモンドのキャラクターを一言で言えば、仕事中毒ワーカホリックの軍参謀タイプ。大食漢でありながら、食事に手間と時間をかけることを厭う。

 そこそこの軍閥の長ともなれば、食事も豪勢なものになっていいところなのだが、ハモンドは執務の間ずっと、ナッツ・バーとかドライソーセージとか、そういう兵士の携行食料のようなものばかりを絶えず口に運び続けていた。 

 年齢は父と同じ六十手前、がっしりした肩幅の偉丈夫なのだがそれでいてひっきりなしにものを食う姿が妙に可笑しい。

 

 

「あとで組合ギルドに詫びを入れて、あのシューターは正式に買い取らねばならん……だが戦果は戦果だ。見事なものだ」


 相槌を打ったものか見定めかねて黙っていると、ハモンドはナッツバーの一本をこちらへ差し出してきた。

 

「食うか?」


「いえ、結構です」

 俺は手刀を胸の前に掲げて一礼し、ナッツ・バーを辞退した。


「そうか。ふむ……懐かしいな。お前の父、ジュピタスとは若いころ帝都の陸軍局で会った。遠縁だと分かって意気投合したものだ。戦場に出ても裏方に回っても堅実なよい仕事をする男であった。相続の都合で早々と軍務を離れたが、惜しいことをしたと今でも思っとる」


 そういうと彼は手に持った先ほどのナッツバーを開封して、また同じように齧った。


「ありがとうございます……父がそれを聞けば、さぞ喜ぶことでありましょう」


「ん。どうやら息子の方も、その血にたがわぬ器のようだ……工房から出したばかりの、ろくに調整も済んでいない機体であれだけの働きを見せるとはな。歓迎するぞ、ロンド・ロランド。まずは士官見習いの待遇で迎えよう。わしのことは、非公式の場でなら叔父と呼んでもらって構わん。で、通例なら身の回りの世話をする給仕の兵をつけるところだが」


 ハモンドが愉快そうに口元だけで笑った。

 

「ダダッカ乗りの子供を従者に連れて来ていると聞いた。そのまま使うならそれも良かろうが……もしや仔細ありか?」


 どうやらこちらの事情はある程度読まれているらしい。一瞬ためらったが、俺は手の内を明かすことにした。この「叔父」に知らせておいた方が、リンの身の安全も保ちやすくなるはずなのだ。

 原作アニメ作中でのドローバ・ハモンドは、上司キャラとしては三指に入る、という人物評価をされている。ここでも信頼に値する人物だと考えていい。 


「実はその……あれはシュルペンの町長の娘でして。幼馴染と言いますか――」


「はっは、なるほどな! 押しかけ女房気取りというやつか、田舎騎士にはよくあることらしいが」


 ハモンドは椅子の上で反り返って豪快に笑った。

 

「よしよし、ならお前の副官ということで置いてやろう。しっかり面倒を見てやれ。だが他の者への示しもある、大っぴらにいちゃつくのはほどほどにしておけよ」


 彼の手はまたぞろ、傍らの鉢に盛られたドライソーセージへとのばされている。


「そんなことは……」


「なに、お前がシュルペンの町長と昵懇であればわしも有り難い。いずれ恭順を求めることになるだろうし、その時はお前たちに仲介になってもらおうか。あと、もう一つ、これはお前には悪いのだが……」


 ここまでかなり好意的な対応だっただけに、この前置きは俺の心を波立たせた。

 

「何でしょう?」


「ヴァスチフだがな、あれは流石に新参にはやれん。あとリドリバも専任の士官が選出済みでな……すまんがしばらくは持参したサエモドで働いてくれ。なに、お前がクヴェリで墜としたポータインを修理させるつもりだ。そう長くは待たせんよ」


 ハモンドが滑らかな手つきでソーセージの包みを剥き、三分の一ほどから食いちぎる。


「……わかりました、叔父上」


 少し不満だが、軍閥内での力関係を考えればこれは仕方ない。重戦甲カンプクラフトポータインを呉れるのであれば悪い扱いでもないし、当面はサエモドで出来ることをすればいいはずだ。 

 それに「ガルムザイン」の本編でロンド・ロランドが画面に登場するシーンまでは、まだだいぶ時間がありそうだった。



 ラガスコは旧帝国時代の要塞跡を再整備した、大きな軍事拠点だった。なだらかな丘陵地を南に望み、石灰岩質の険しい岩山を背にした小高い場所にある。

 与えられた宿舎に向かって歩いていく途中、クヴェリから出た例の隊商が、空荷の運搬車トレッガーを連ねてゲートを出ていくのが見えた。あの警備の若者がこちらを見つけてあっかんべえをして見せたが、すぐさま破顔して大きく手を振った。

 

 ――騎士の旦那、道中ありがとな! せいぜい頑張りなよ!


「ああ、そちらも気をつけてな。良い旅を!」


 隊商の一行を護衛してやってラガスコまで移動した道中、あの若者とは休憩時に酒を酌み交わしたりして、なんだかんだで和解できたのだった。彼らの移動範囲はクヴェリをおおよその中心に、この辺りを広くカバーしている。またいずれ、会うこともあるだろう。

 

 宿舎に着くと、建物正面の駐機場に俺のサエモドが停められていた。ドアの前でリンがベンチに腰掛けている。先に来て俺を待っていたらしい。


「若様! ……えっと……おかえりなさいませ!」 

 彼女は弾かれた様に立ち上がると、満面の笑顔で俺を迎えた。


「驚いたな。宿舎を確認してから呼びに行くつもりだったのだが」


「ああ。ここの兵隊さんたち、すっごく親切で真面目で。ハモンド様からの命令が来たら、すぐに私をここへ案内してくれたんですよ」


「そうか、それは良かった。中に入って荷物を下ろすといい」


 指揮系統がしっかりしていて、横の連絡もきっちりとれている。前世でもあまり聞いたことがないような、風通しのいい組織を作っている。

 ドローバ・ハモンドという男は想像以上に有能だと思えた。

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