第43話

 男2人が死亡フラグ臭漂う会話をして見せていた一方で姦しき者共といえば。


「あ、ナコトさんそのブラ可愛いですね!」


「でしょー、おっぱい小さい分デザイン可愛いのいっぱいあるんだ。まぁ普段はスポブラなんだけどね」


「へぇ、ルルイエさんは……」


「んー?」


 男には聞かせられない会話をしていた三人。

 下着云々という話をしていたところでクリスはふと気づく。

 ルルイエがここに来て異様に周囲から浮いているという事に。

 その原因はすぐに判明する。

 湯楽はもちろん、それが存在する桃源郷という世界そのものが高級リゾート地である。

 当然そこに来るのは富裕層、それもごく限られた者のみである。

 そう言った者達はほぼ例外なく見栄を張りたがる性格であり、着飾ることはもちろん見えないお洒落という物にも気を使っている。

 つまりは、今しがた談義の的になっていた下着である。

 ナコトは桜色の、クリスは水色の下着で上下を統一させていたがルルイエが問題だった。

 ブラジャーは漆黒のような黒色に対して、パンツは3枚で数百円程度ではないかと予測できるほど安い作りの白である。

 その美貌と相反して純白のパンツというのはそれだけで異様な雰囲気であり、そもそも上下の下着があっていないというのはこの場において注目の的になるのもやむなしである。


「……ルルイエさん、だっさいですね」


「つってもねぇ……ブラはこだわるよ? おっぱいというのは正義であり、何より尊い物なんだ。しっかりとした下着でその形を保ち、外敵から守り、そして主張させる! けどパンツはなぁ……別に男の前で脱ぐ予定があるわけじゃないしねぇ」


「いやいや……せめて上下統一してくださいよ……というか大体セットで売ってるじゃないですか……」


「サイズが無い」


 そう言い張るルルイエの胸部は、ブラジャーという装甲に覆われてなお存在感を放っていた。

 たとえクリスとナコト、2人のそれを合わせたところでルルイエの持つそれには勝てないだろう。


「むぅ……いつ見ても不公平だよねぇ……」


「そうは言うけれどナコトさん。他人の胸部にこれがついてれば見る側としちゃすっげぇ楽しいっすけど、自分のがでかくてもなーんも面白くないんすよね……」


「まぁそこでこれ見よがしに、こんなのあっても邪魔なだけなんですー、なんて言ったらぶっ飛ばしてたけど……ルーちゃんだしそういう結論になるのか……」


「ルルイエさんですしね……」


「あ、なんで呆れるんだよ二人とも! まったく……ナコトさんにつられてクリスも最近冷たいなぁ」


「あ、元からですからお気になさらず」


「元からかい!」


「ほらほら、2人とも騒いでないでちゃっちゃと準備する」


 けらけらと困ったように眉を寄せつつも笑みを浮かべたナコトの言葉に二人は未だ下着姿であることを思い出し、身に着けていたそれらを着替え篭の中に放り込むとタオルを手に更衣室を後にするのだった。

 ナコトはと言えば二人に注意した時点で既に準備を終えていたため、遅れることなくむしろ先導する勢いで並んで開いていたシャワーの前に腰を下ろし、備え付けのシャンプーとボディーソープで全身くまなく洗い始めた。


「ふわぁ……このボディソープいいですねぇ……泡が雲のように軽くて、香りもきつすぎない……それに優しく汚れを落としてくれる……これお土産コーナーに売ってないですかね」


「クリスちゃんがそこまでべた褒めするってことは相当いい物なんだろうねぇ……ちょっと高そうだけど」


「お肌の調子を左右しますからこういうのもちゃんと選ばないとだめなんですよ」


「へぇ、私いつもコンビニで売ってる一番安いのだったなぁ」


「それでこのハリツヤ……ナコトさんおそるべし」


「あぁナコトさんはなんか無条件で強いんだよ。髪の毛とか触ってみ? 絹糸みたいだから。しかもそれもコンビニで一番安いシャンプー使ってるらしいよ」


 ルルイエが横から口をはさみ、どうぞと言わんばかりに毛先をクリスに差し出したナコトの神に触れたクリスが絶句する。


「……ナコトさん、その髪でシャツ編んだら売れますよ。莫大な金額で」


「気持ち悪いからヤダ」


 思わず口走ってしまったクリスの言葉にナコトは満面の笑みで返答する。

 しかしながら、クリスが触れた髪の毛は水に濡れてなおしなやかで、艶を保ち、一本一本が簡単にほどけてしまう程に滑らかだった。

 握っていようともするりと手から抜け落ちてしまうのではというそれは、もはやキューティクルなどという言葉では収まらない。

 クモのような姿を持ちながら織物産業を営むアトラク=ナチャという邪神の糸でさえもこれほどのしなやかさは持たないだろうと、クリスは固唾をのんでいた。

 同時に、ルルイエにも改めて視線がいくのはこの流れでは致し方のない事である。

 ナコトもさることながらルルイエの髪も負けず劣らずの艶を持ち、思わず手を伸ばしたクリスの指先に待つふわふわとした触り心地は綿のようである。

 ここでクリスはある事態に気付いてしまった。

 プロポーションでは三人の中でど真ん中、年相応のボディを持っていたクリスだが肌や髪の事になると圧倒的な差をつけられて最下位に落ちてしまうのではないかという事に。


 思えばルルイエは天使、正しくは堕天使だがその体は神直々に作り出されたモノであり、生まれ落ちた瞬間から完成された美を誇っている。

 ナコトに関しては角から恐らく鬼人族だろうという仮定をして、肌や髪が一切荒れていないのは戦闘民族だった鬼人族の外的要因に対する圧倒的な抵抗力が成すものではないのだろうかとクリスは思考を巡らせる。

 ならば自分はと。

 邪神とエルフの娘であり、美としては将来を約束されたような物である。

 と、言いたいところだが父親がまずい。

 フィリップス・クラフト、もといクトゥルフの眷属というのは全員が残らず魚のような顔をしており、昔は見る者の正気を奪う程に醜かったとまで言われている。

 そんなクトゥルフの娘であるクリスの容貌が可愛らしい類である理由は、単に母の、つまりは芸術品のように完成された純血のエルフの血によるものである。

 もしもクリスの母が並のエルフや、人間、獣人であればこの場にいたのは魚面の不美人だっただろう。

 その事に思い至ったクリスは熱いシャワーを浴びているのにもかかわらず、背筋に寒気が走ったのを感じた。


「どしたの? クリスちゃん」


「い、いえ……ちょっと世の中の不公平さを考えていたら奇跡という物に感謝しないといけないなという結論に達しただけです……」


「ふにゅ?」


 可愛らしく小首をかしげるナコトだが、クリスは先程の寒気から逃げるように全身の泡を洗い流すと湯船に直進した。

 一刻も早く、温かい湯で身を包みたくなったからだ。

 結果的に歩みは速くなり、区分けされた温泉に繋がる扉を真っ先に開ける事になったクリスは湯気による洗礼を受ける事になる。

 ぶわりと、生暖かい空気が全身に触れるのを感じ取ったクリスだが不快感はない。

 どころか微かに漂うお湯の香りに頬が緩むのを止められない。

 後に続いたナコトとルルイエも同様、口角が上がっている。


「ふわぁ……既に、なんかすっごいですねぇ」


 湯気をかき分けるようにして進んでいく三人。

 彼女たちを出迎えたのは広々とした浴場。

 しかしながら、全員が全員きちんとシャワーを浴びて全身をくまなく洗い、それからゆっくりと湯船に身体を沈めていった。


「うあぁ……あぁ~」


「くぅ~」


「ふへぇ……」


 順にルルイエ、クリス、ナコトと感嘆の声を上げる。

 湯が全身に染み渡るかのような、代わりに全身の疲れや汚れが抜けていくような錯覚すら覚える心地よさに思わずため息をついてしまう程だった。


「あー……最高……」


「ですねぇ……すっごい気持ちいいです……」


「依頼人がニャルちゃんだから警戒は続けるけど、このお風呂に入れただけでもなんかいろいろ許せそうだよ……」


 三者三様にリラックスして、パシャパシャとお湯を撫でまわしながら会話がゆっくりと進んでいく。

 桃源郷の名に恥じぬ、まさしく極楽の湯。

 それを体感した三人は全ての湯を制覇しようと、だれもが口には出さずとも胸に秘めていた思いさえも霧散させた。

 このまま、出来る事ならばこの風呂の中に住みたい。

 そんな思いまで抱かせるほどの湯。

 一歩間違えれば毒にもなりかねない甘い誘惑に、しかし真っ先に抗ったのはナコトだった。


「……ここの温泉、一番すごいのは露天風呂の岩湯なんだってねぇ」


「ほほう」


 先程、警戒を一段階下げたナコトが気を取り直してと読みふけっていたガイドに書かれていたことを思い出したのだ。

 温泉の効能はどこも同じだが、露天風呂の湯にはもう一つの効能、というよりは特殊な魔法がかけられている。

 それは温度、大人から子供まで、どころか種族を超えて客を迎える湯楽では独自に魔法を開発してしまったのだ。

 その名も【体感温度調整魔法】。

 名の通り、入った者によって体感温度を変えてしまう魔法である。

 実際の温度は少し温めの39度のお湯だが、熱い風呂が好きな者には熱く感じ、ぬるめの風呂が好みの者は温く、雪女のような種族のように冷水を好む者には氷水のように冷たく感じるのだ。

 もっとも、あくまで体感なので普通の湯でこの魔法を用いれば雪女が実際に入れば温泉の熱で死にかけるのではという危惧もされていたが、湯の効能で癒されるため多少のぼせる程度で済む。

 そういった細かな注意点もわずか数十秒で暗記したナコトは、頭の上にタオルを乗せながらニヤリと微笑んだ。


「と、いうわけで……他のお湯も堪能しようじゃないか!」


「「さんせーい」」


 女子三人、ニコニコとまずは屋内の温泉から楽しみ始めた。

 まず足を向けたのは別室に用意された檜風呂。

 広々とした空間から、比較的ではあるがこじんまりとした部屋に入ると先程同様湯気の洗礼が待ち構えている。

 同時に、もう一つ。

 鼻腔に飛び込んできた、森林をほうふつとさせる樹の香り。

 そしてそれがもたらすリラックス効果で湯につかる前から三人の表情がとろける。

 正しく言うならば、2人は期待と興奮の入り混じった表情だがクリスはもはや恍惚としている。


「いい香り……たまらないですねぇ……」


「あー、クリスちゃんはエルフの血も入ってるんだったね」


「どうりで……こんな無防備なクリス初めて見たかもしれません」


 そんな会話をしながらも待ちきれないと言った様子でパシャリとお湯を浴びて、湯船に入った三人は再び表情を溶かす。

 特にクリスに至っては表情どころか全身が弛緩したように湯船の中を漂っている。


「この世の極楽じゃぁ……」


「あらまぁ、口調まで変わって」


 クリスの変貌ぶりにルルイエは珍しく、純粋に可愛らしいと思いながら自らも温泉を堪能し、ナコトはといえばこの風呂で酒を飲めれば最高だと考えていた。

 そして次の湯へ、という所で一つ問題が発生した。


「もうちょっとぉ……」


 クリスが駄々をこねたのである。

 普段からしゃんとした様子の彼女には珍しく、完全に気が抜けていた。

 それほどに檜風呂が気に入ったという事なのだろうが、そこはナコトの説得というなの物理的運搬によって運び出されてしまった。

 名残惜しそうに何度も檜風呂の間を振り返るクリスだったが、二泊三日だからあとで好きなだけくればいいというルルイエの言葉に納得したのかいつも通り、眼の奥に野望の炎を灯したような目つきに戻ったのは幸いである。

 それから一行はサウナで我慢大会をしたり、水風呂で火照った体を冷やしたり、ジャグジーで全身のコリをほぐしたりと屋内の風呂を満喫した。

 そうして30分ほどかかってから、露天へと繰り出したのだが……。


「……むぅ」


 ナコトの機嫌が妙に悪くなったのである。


「ナコトさん、どうしました?」


「いや……うん、なんでもない。クリスちゃん、タオルで身体隠しておいて。あそこの影のところ開いてるからそこ行こ」


「はぁ……」


「ナコトさん実はこの中で一番歳とってますからねぇ、ばてちゃったすかいったぁ!」


 パシーンと、余計なことを口走ったルルイエの尻が叩かれる。

 綺麗な紅葉を尻に残したまま、そしてそれをさすりながらのルルイエを最後尾にナコトが指示した場所で湯船につかった三人だったが……。


「ほへぇ……」


「クリスちゃん、悪いけど権能使ってもらってもいい?」


「はい……はい?」


 突然のナコトの申し出に岩風呂で惚けていたクリスが正気に戻る。

 覗き込むようにその顔をうかがうと、遊びや冗談で使えと言っているわけではないと察することができたのだろう。

 クリスはすぐさま姿勢を正して権能を発動させた。

 まずは手元の、つまりは温泉の湯だが魔法がかかっているとはいえ阻害関連の物ではない。

 難なく操ることができた、どころではなく親和性が非常に良いほどである。

 これならばカオスにいたときに繰り出したどのような技よりも、質も量も勝った物が出せると確信できるほどに。


「で、ご注文(オーダー)は?」


「露天風呂全域の探知、できる?」


「お安い御用ですよ」


 そう言って意識を温泉の湯から蒸気に向けなおす。

 湯気のせいで非常に湿度の高いこの場において、そして親和性の高い湯からできたそれならば露天風呂全域は愚か、この桃源郷全域ですら読み取れるだろうというセンサーを展開したクリスはすぐに気づく。

 仕切り板一枚を隔てた向こう側に妙な姿勢をとっている者がいる事に。


「……これって」


「うん、十中八九覗き」


「へぇ……」


 ピキッという音を立ててクリスの額に青筋が浮かぶ。

 傍若無人、唯我独尊、天元突破、そんな言葉がふさわしいクリスとて中身は平凡な女子高生である。

 羞恥心などをはじめとした、様々な感情は健在だ。

 当然裸体を見られるというのは……同性に見られるのも人並み程度に恥ずかしい。

 それが異性ともなれば怒りの原動力にすらなりえる。


「……ろし……しょう」


「お、おいクリス?」


「殺しましょう……」


 堪忍袋の緒など最初から存在しないクリスの怒りはすぐにメーターを振り切った。

 すぐさま攻撃姿勢をとろうと立ち上がりかけ、そしてナコトに腕を引かれて無理やり座らされたのである。


「ナコトさん……なんで止めるんですか……」


「んー、だって今のまま攻撃したらさぁ……見えちゃうよ?」


「っ!」


 ボッと顔を真っ赤にして自らの身体を抱きかかえるクリス。

 怒りが羞恥心を殺していたが、気付かされてしまえばそれまでだ。


「た、確かに……でもどうします? このままだとお風呂から出られませんし……というか入ってきたときに見られてたんじゃ……」


「あーそれは大丈夫。あちらさんルーちゃんにご執心だったから」


「ちょっ!? なんで教えてくんなかったんすか!」


「だって、ルーちゃんいつも言ってたじゃん。完全な美として創られたこの体に恥じるところなど無いって」


「ぐ……ぬぬぬ、確かに言いましたけど見られてもいいとかそういうのはまた別の話でして……」


 歯噛みしながらも抗議を続けようとするルルイエの唇に人差し指を当てたナコトは座りなさいとジェスチャーで諫める。


「まぁまぁ、でも……タダで見物ってのは良くないよねぇ……」


「美術館だって金取りますからね。私の裸を見るならば札束くらい詰んでもらわねば!」


「私は札束詰まれても嫌ですけどねぇ……」


 三人が口を揃えて、かどうかはともかく覗きに対する怒りを募らせつつある中でクリスとナコトが反応を示す。


「……消えました」


「だねぇ」


 先程まで舐めるような視線を女湯に送り続けていた何者かがいなくなった。

 ナコトはそれを気配から、クリスは湯気のセンサーから読み取った。


「……今追いかけたら捕まえられますかね」


「んー、ノーブラ特攻ならあるいは?」


「それは……ちょっと。ルルイエさんじゃあるまいし」


「なんだとこらぁ!」


 どさくさに紛れて毒を吐かれたルルイエは抗議の声を上げるが、無視される。


「このままお風呂から出ていくとは限らないし、覗きなんて現行犯じゃなきゃ捕まえられないよ」


「捕まえると言えば警察官二人組は今何を?」


「さぁ? ルーちゃんなんか知ってる?」


「え、なんか部屋で籠城戦するって言ってましたけど……酒でも飲み交わしてるんじゃないですかね」


「……何のために連れてきたと思っているんだろ」


 頭を抱えながらナコトがぼやく。

 が、今は別の事を考えなければならないのだ。


「んー、露天風呂を使わないってのは一つの手段ですよね」


 クリスの提案はもっともである。

 ナコトが感じ取っていた気配、そしてクリスがセンサーで感知した位置を辿ると仕切り板が腐食して小さな穴が開いている。

 おそらく犯人はそこから見ていたのだろうと推測できたが、それを確かめる女三人は男湯を覗く不審者にも見える。

 それはどこかへ置いておきながらも、このポジションで覗きを楽しむことができると知っているのは極わずか。

 少なくとも旅館にクレームを入れれば数日の改装で覗き行為は撲滅される。

 が、それに反対の声が上がる。


「クリスちゃんが檜風呂を気に入った様に、私もこの岩風呂気に入ったんだよね」


 ナコトだった。

 鬼の血を引くナコト、その鬼が済んでいた異世界というのは岩に囲まれた荒れ地のような場所である。

 見知らぬ故郷を想ってだろうか、ナコトはこの岩風呂の雰囲気をいたく気に入っていた。


「じゃあ……どうします?」


「そうだねぇ……はい、探偵ルーちゃん! なんかアイデア!」


「……へ?」


 急に話を振られたルルイエはぽかんと口を開けて、ナコトとクリスを交互に見やる。

 それから数秒、ようやく絞り出した一言。


「あ、穴を魔法で塞ぐとか……」


「つまらない! 却下!」


「いやいやいやいや」


 現実的かつ理想的な方法をナコトはつまらないからという理由で却下した。

 横暴ここに極まれりではあるが、いかにもナコトらしいと言える所業である。


「はい! 提案です!」


「探偵助手クリスちゃん! どぞ!」


「明日、同じ時間にお風呂に入ります。アデルさん達も入ってもらいます」


「なるほど、警察官二人に監視をしてもらうのか……でもそれもつまらないって却下されそうじゃね」


「いえ、警察官二人が見張っている所で覗きの犯人に総攻撃します!」


「まて」


「ルルイエさんなら魔法で遠距離攻撃できますし、私もこのお湯は相性がいいのか操りやすいので普段よりすっごいことできます!」


「なるほど面白い採用!」


「まてまて!」


 ルルイエの静止が入るが、そもそもナコトもクリスも言葉一つで止まる程「楽」な相手ではない。

 その程度でコントロールできるならば暴走特急扱いなどされないのだ。


「でもさっき湯気で感知した限りじゃ普通にお風呂に入ってるだけ、って姿勢でしたよ。警察官二人導入しても言い逃れされたら……ねぇ」


「だからっていきなり攻撃って……」


「いやいや、ルーちゃん。よく考えてみなよ。ここで覗きを放置するのは簡単だよ。でもそれでいいのかな?」


「……と、いうと?」


「私達、こんなでも『お仕事』でここにいるんだからさ。もし覗きの犯人を感知しておきながら見過ごしましたーなんて言ったら……ニャルちゃんなんて言うかなぁ。こんなところに来られるならそれなりの有力者だし、クリスちゃんの言う通り言い逃れは簡単、捕まえてもあっさり出てきて同じことやると思うんだよね」


「……まぁ、この芸術的な裸体をタダで見て逃げられるのは尺ですが。でもニャルさんもはなしゃわかるんじゃないですかねぇ」


 ちっちっちっ、とナコトが指を振る。


「あまいねぇ、ルーちゃん。外苑堂の特盛DXメイプル黒糖チョコパフェより甘いよ!」


 思わずそれは甘すぎるでしょう、と呟くルルイエだがナコトは無視して続ける。

 ちなみに特盛DXメイプル黒糖チョコパフェはナコトの好物であり、1杯1kg、カロリー1万強というとんでもない物体だが詳細は割愛する。


「ニャルちゃんの依頼はここの下見、それなのにこんな報告してみなよ。報酬は無し……どころか前金の返金とここまでの旅費を請求される可能性だってあるわけだ」


「よっしゃぁ! 犯人ぶっ殺したらぁ!」


 ハト派は一瞬にしてタカ派に寝返った。

 堕天使は文字通りの意味で現金な女だったのだ……。

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