第28話

 思わず鼻を覆い、刺激臭から目を背ける一行は慌てて玄関から離れる。

 そしてクリスが作り出した水の膜で作り出したキューブの中で大きく深呼吸をするのだった。


「げっほ……うぇ……」


 息も絶え絶え、顔を真っ青にしたルルイエがせき込む。


「目が、目がぁ!」


 もろに臭気を顔面で受け止めてしまったクリスがもだえ苦しむ。


「…………」


 そして静かに闘気を燃やすナコト、その額には青筋が浮かんでいる。

 あまりの異臭に、発生源に対して余りある怒りを抱いてしまったのだろう。


「ルーちゃん、あれ爆破しよう」


「ちょ、ま、それはだ……うっぷ」


「あんな臭い建物は修繕不可能だからぶっ壊そう、そうしようそれがいい、うんやろうすぐやろう」


 必要とあらば野宿だろうがしてのける、そんなナコトもこと平穏……かどうかはさておきカオスにおいては一般的な女性である。

 どころか、ネジが何本か足りないことを除けばルルイエ探偵事務所に所属する面子の中では最強の女子力を誇る。

 料理をさせればおふくろの味を再現し、洗濯物はふわふわとした仕上がりに、掃除をさせれば埃のかけらも残さず綺麗にふき取ってしまう。


 故に呪いのビルなどと呼ばれながらも、ナコトが本気で掃除をする年末年始だけは眩しいほどの輝きを取り戻す。

 ただし、やる気を出さない限りは掃除などはしない主義だが、それでも綺麗好きであることに変わりはない。

 そんなナコトにとって、今回の異臭は激怒を通り越して憤怒に値する物だった。


「はっはー、クリスちゃーん。ここから離れたら権能使えるんだよねぇ」


「え、えぇまぁ」


 目元をこすりながら答えるクリス。

 しかし未だに臭気に晒されたことで奪われかけた視力が戻らないのか明後日の方向を向いている。


「じゃあ例の大巨人でプチっとやっちゃって」


 権能を阻害している何かの範囲さえわかってしまえば大巨人を生み出して建物を殴りつけるくらいは難しくない。

 たとえ阻害によって元の水に戻されようとも、大巨人の拳を生成するための水がもつ重量だけで眼前の屋敷を押しつぶす事は可能である。


「はぁ……まぁいいですけど、その場合ここの修繕費とかそういうの請求されたら……」


「ぜーんぶナコトさんが支払うからはよ、はよ」


「まっ……やめ……う……」


「え、なんです? ルルイエさんん」


「だ……おろろろろろろろろろろろ」


 数秒前まで耐えていたルルイエだが、ツッコミという役目を放棄しなかった対価をここで支払う事になる。

 胃の中身を盛大に地面にぶちまけたルルイエ、それをすんでのところで回避したクリスは大きく身構え、ついでに吐しゃ物を避けるように水の箱に穴をあける。

 それが災いする。


「うっぷ……」


 僅かな臭気が箱の中に入り込んできた。

 それに合わせてルルイエが第二波の予兆を見せる。


「ぷっちーん……」


 ナコトの我慢が限界を迎える。


「うわぁ……」


 自らも原因の一端ではあるが、あまりの惨状に顔をそむけたくなったクリス。

 実際に現実逃避をすべく明後日の方向に目を向けると、偶然にも屋敷の玄関が目に入った。




 同時に、そこに立つ人物にも視線が誘導される。

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