01-003
『そ、取り合えず昨日の事件の犯人ではあったけど……収穫は無し。解析待ちになるけど、取りあえずシカバネと〝操縦者〟は伸びてるんで、五人くらいで十分かな。回収隊の連中に連絡しといてー』
仕事はほぼ完璧にこなすものの、言葉遣いや上司への敬意などは微塵もない。
この職業以外だったら確実に首を切られてしまうだろう若人に鏑木は呆れながらも「はいはい、お疲れお疲れ」と形だけのねぎらいの言葉を投げつけた。
今日の昼飯は何がいい、そう続けようとした瞬間、アラーム音が頭の中で響いた。
「残念ながら、新しい任務みたいだな」
ワンテンポ遅れて大翔の元にもアラームが届いたらしく、画面の向こうで力弱く『あー……』と声を漏らす。昨夜から集団暴走事件の捜査で一睡もしていないだろうその顔は、正に疲労困憊をそのまま表現したような様相だ。
鏑木は苦笑いを浮かべながら、暴走のあった付近の地図を大翔の映る画面の隣に映し出す。
「今、そっちのシードに地図送る。至急現場に向かって」
『例の事件?』
「いや……暴走してるのは一人みたいだ」
『じゃあまーた〝ムクロ〟の方か。多いなー、ホント』
「多分そうだろうな。対象はキミと同い年くらいの女の子だ。特徴は……」
『面倒だから全部後で送ってー、覚えらんね』
「わかった。くれぐれも無茶はするなよ?」
『うーっす。てかさ……一日二人制考えといてよ。体が持ちそうもないわ』
「検討しておくよ」
そう言い残すと通話を切り、大翔の元にデータを送信する。送信画面を確認すると、鏑木はふーっと息を一つ吐いた。
「まさか、この子がね……」
※
大翔の脳内に埋め込まれたシードが地図と目標の情報を受信した。
「景色にナビを投影」
大翔の視界に一瞬ノイズが走る。瞬く間に、無数の矢印と位置情報が大翔の目前に生成された。表示された数字は四百八十六メートルで、五百メートルもない。このビルの近所だ。
――これで六日連続か。
これまでとは比にならないくらいの多忙さに大翔は舌打ちをする。ここ最近、毎日働いて自分の家には寝るために帰るという日々。人員増やしてもらうついでに歩合制にしてもらうか、と悪巧みしながらその足を進めた。
二百五十メートルを切った時点で、ようやく大通りに出た。朝の通勤通学で人がごった返している中を走るのは無謀だな、と大翔は右のこめかみを、三回叩く。
「〝コネクト〟起動……コード〝カガリビ〟」
大翔の言葉に反応して、ナビ情報の他に二つのメーターが視界の左端に現れた。
それを確認してから口の中で「限界値まで上昇」と呟く。
大翔の頭にがんと強い衝撃が響き、視界が右往左往に蠢く。視界の左に表示されたメーターの針が荒ぶる様子が、歪んだ視界の中でもはっきりした。
視界のブレが収まってくると、ドンッ、と強い衝撃とともに目の前にある建造物が出現する。
住宅街には似合わない、真っ赤な鳥居だ。
「ぐっ……!」と大きなうめき声を漏らしながら倒れそうになるところを気力で抑え、その鳥居を潜る。すると、先程までの倦怠感が嘘だったかのように体が軽くなった。
――誰にも、見えてないな。
額に滲んだ汗を拭いながら苦しむ姿に誰も駆け寄ってこないことを確認すると、大翔は深く息を吸い込んでから少し屈伸し体をほぐすと「よっ!」と地面を蹴り上げた。
五メートル――十メートル――十五メートルと飛び上がったところで、店に整備された古くさいパラボラアンテナを掴んで速度を緩める。干されている洗濯物のようにぶらさがりながらキョロキョロと周囲を見渡しつつ、視界の端に表示されている方角と目的地を確認した。
「おっと、あっちか」
目標を視認してから、屋根の上に飛び乗る。指の関節をボキボキ鳴らしてから、今度は忍者さながら軽やかな足取りで屋根伝いに駆けはじめた。風を切るような速さで、誰にも認知されない状態で走り続ける。そんな必死な大翔に対して、飛び移る屋根の下に見える人混みは、至っていつも通りの様相を見せていた。
もしこの近くで昨日のような凄惨な事件が起きるかもしれないと知れ渡ったら大騒ぎになることは必至。よく出来た世の中だな、と大翔は改めて感心した。
「ここか!」
そんなことを考えている内、目標はもうすぐ目の前に迫っているとシードが告げていた。
目標の全体写真と情報を映し出す。
十八歳。服は栗色のスカートに黒のカーディガン。服装は特筆したものはないが、日本人離れした青い目を金髪をしているらしい少女。
シードの索敵機能を使い上空から探そうと試みるも、見えるのは服装と髪だけ。足下も見えず情報不足と表示が出た。
「ちっ……ポンコツだな」
そう言いながら大翔は情報を増やすために地上に降りた。
視界に映る人間一人ずつをスキャンしていく。特徴の一致率が次々に表示されるが百パーセントを超える結果は出てこない。
本当にこの付近にいるのか疑問に感じるも、大翔の視界でもう一つ表示されているメーターは、周囲に異常を発していることを伝える耳障りな警告音と桁違いの数値を示していた。
確かに、間違いなく、近くに――。
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