第16話 初めてのパーティー

 ついに皇太子の誕生パーティーの日がやって来た。

 本番は夕方から行われれるパーティーで、昼間は皇太子であるクロードを祝福する式典が行われる。正式なお披露目が済んでいないシオンはパーティーからの出席だった。

 しかし、シオンは朝から忙しかった。起きてすぐに沐浴、朝食や昼食はそこそこに、肌や髪の手入れやマッサージが行われた。シオンは只々されるがままで、シャーリーンをはじめとするプレーゴ宮の侍女たちの手で隅々まで磨き上げられた。


 貴族のご令嬢は、パーティーに出席するたびにこんな大変なことをしているのかと、シオンはいろんな意味で関心した。

 パーティーが始まる少し前に、ようやく準備が終わった。侍女たちは出来栄えに満足した様子で、感嘆の溜め息を吐いていた。ドレスはシオンの瞳の色であり、皇族を象徴する紺碧を基調としたプリンセスライン。成人前ということで露出は少なく、それでいて子どもっぽくなり過ぎないシンプルかつ洗練されたデザインだった。皇宮に来てから日常的にドレスを身に着けるようになったが、この日のために特別に用意されたものだということが、シオンは一目見て判った。


 正直すでにクタクタであったが、リチャードやクロード、準備をしてくれた侍女たちのためにも、今回のお披露目で失敗するわけにはいかないとシオンは鏡に写った姿を見ながら気合いを入れた。

 プレーゴ宮の外には馬車が停まっていた。待っていたフィリックスがシオンを見て、目を見開いたかと思うとすぐに微笑みを浮かべた。

「お綺麗です、オラシオン殿下」

「ありがとう。あなたも素敵よ」

 フィリックスも騎士としての正装姿だった。普段から凛々しいが、さらに気品が加わっている。


 パーティーが行われるのは本宮のホール。入場口に続く階段の下で停まった馬車から降りると、これまた正装に身を包んだリチャードが待っていた。パーティーや社交の場などで着る正装のようで、貧民街にシオンを迎えに来たときに来ていたものよりも、華やかさが感じられた。

 これはこれで素敵だな、とシオンは見惚れてしまう。


「とても綺麗だ」

 シオンの姿を見たリチャードは嬉しそうに目を細めた。

「あ、ありがとうございます」

 シオンは頬が赤くなるのを感じる。フィリックスにも言われたが、リチャードに言われるとなんだか照れてしまう。父親だから、なのだろうか。

 そんなことを考えていると、リチャードが手を差し伸べてくる。シオンはその手を取り、二人は階段をのぼった。


 入り口が近づくにつれて、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 あの扉を潜れば、いよいよ皇女として自分の名前や姿が知れ渡る。もう下町の呪術師シオンではない。後戻りはできない。

「案ずるな」

 そう言われて、リチャードと重ねている手に力が入っていることにシオンは気づく。その手を軽く握り返しながら、リチャードの紺碧の瞳はシオンのことを見つめている。

 自分と同じその瞳に、シオンは心強さを覚えた。一人じゃないという実感があった。


 入場口の前にたどり着く。シオンは深く息を吸って吐いた。

「──大丈夫」

 呟いて前を向く。「あたしは陛下の娘ですから」

 気合いを入れるようにシオンが言うと、リチャードは頷いた。そして、いよいよ扉が開いた。


「帝国の太陽で在らせられるリチャード・ラ・プランジネッタ・レムリア皇帝陛下、ならびにオラシオン第一皇女殿下のご入場です」

 会場にアナウンスが響き渡り、シオンはリチャードと並んでそこに足を踏み入れた。豪華絢爛なパーティー会場に、華々しい恰好をした人たちが集まっている。彼らの視線がリチャードとシオンのほうに向けられる。こんな大勢に注目されることなど今までなかったこともあり、シオンは先ほど入れた気合いが萎んでいくような気がした。


 リチャードに連れられて玉座が置かれた壇上に向かうが、そこにたどり着くまでの間、シオンの身体はガチガチに緊張していた。

 壇上では、本日の主役であるクロードが待機していた。リチャードとシオンがやって来たのを計らって、ハワードとロシエルも壇上のそばに寄る。


「可愛らしいな。よく似合ってる」

 隣に立ったクロードがこっそり耳打ちしてきた。

「お兄様もとても素敵で、かっこいいです」

 お返しにシオンもクロードのことを称賛する。本日の主役ということもあり、普段の気怠げな雰囲気を残しつつも、これぞ皇太子と言わんばかりの凛とした風格を漂わせていた。

「今朝の手紙、嬉しかったぞ」

「本当ですか? お兄様のことだから、もっと素晴らしい贈り物をもらっているのではありませんか?」


 シオンは、クロードの誕生日の祝いに手紙を書いて送っていた。本当は贈り物を用意したかったのだが、慣れない皇宮生活や勉強に追われたり、暗殺未遂という目に遭ってしまったということもあり、準備が間に合わなかったのである。せめて気持ちだけでも届けようと、シオンは前日に手紙を綴り、朝一で届くように手配したのだった。

「あんなに懸命な思いが綴られた手紙をもらって、喜ばないやつはいないだろ」

 大切に保管させてもらうぞ、とクロードが悪戯っぽく微笑むものだから、緊張と相まってシオンは穴があったら入りたい気分に駆られた。


「今宵は我が息子である、皇太子クロードの生誕を祝うため集まってくれたことに礼を言う」

 リチャードがグラスを手にしながら声を上げる。

 皇太子を祝福し、レムリアの繁栄と発展を願う言葉が続く。そして、いよいよ話はシオンのことに移る。

「──そして、今宵は我が娘であるオラシオンが、新たに皇族に名を連ねることを皆に知らせる」

 シオンはクロードと一緒に、一歩前に出た。


「皇太子殿下と皇女殿下の未来に祝福を──」

 どこからともなく声が上がる。それにつられるように人々は祝福の言葉を口にした。会場は拍手と喝采に溢れ、こうしてパーティーが始まった。第一関門をクリアしたことに、シオンは胸を撫で下ろす。

 しかし、ホッとしたのもつかの間、パーティーの主役であるクロードが壇上から下りると、婚約者であるエリアーナ嬢の手を取り、ホールの中央に立った。会場には音楽が流れ、二人のダンスが始まった。


 エリアーナのドレスの色はクロードの衣装と同じで、装飾も揃いのデザインが施されていた。

 音楽に合わせてホールをくるくると回る二人を見て、シオンは感嘆の溜め息を溢す。ダンスは得意ではないとエリアーナは言っていたが、とても楽しんでいるように見えた。お互いに信頼し合っていることがひしひしと伝わってくる。

 曲が終わり、クロードとエリアーナは向き合って礼をする。大きな拍手が会場を包み込む。


 拍手が止まると、パーティーの参加者が手を取り合ってホールの中心に集まってきた。楽団は次の音楽の準備をしている。

「無理に踊る必要はないが──」

 そう前置きしつつ、リチャードはシオンに手を差し伸べる。リチャードとのダンスは踊るつもりでいたシオンは、その手を取る。

「下手くそでも笑わないでくださいね」

「お前を笑う者などいないさ。もしいたら、二度とお前の目に触れないように処分しよう」

 それは冗談なのか、本気なのか。シオンはきゅっと唇を結んだ。


 他の人に混ざってのダンスということもあり、注目の的にはならなかったが、それでも視線は感じる。それはシオン自身に向けられたものなのか、それとも皇帝と共にダンスをするからなのか。

 音楽が始まり、ステップを踏む。つたないながらも、シオンはリチャードの足を引っ張らないようにと足を動かす。


「ほう、なかなか踊れているではないか」

「そ、そうですか?」

 リードしてくれる相手に身を任せればいいとエリアーナは言っていたが、それはそれで難しいものがあった。リチャードが頼りないというわけではない。むしろ自分が信用ならなかった。

 そんなふうに思っていると、案の定つま先同士がぶつかってしまい、身体がよろめいてしまう。しかし、リチャードがすぐに体制を立て直してくれたおかげで、転ぶことも周囲にバレることもなかった。

 結局、曲が終わるまでに、シオンはリチャードの足を二回踏み、三回躓いた。

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