【コミカライズ・電子書籍配信中】悪役令嬢は攻略対象と縁を切りたい~息抜きで町歩きを楽しんでいたら、顔を隠した怪しい男に恋してしまいました~
新 星緒
0・1スタート二年前 (前編)
「どうかなさいましたか?」
馬車の小窓から外を見ていると小間使いのリリーに声をかけられた。
「やはり気にかかりますか?」
窓の外は荒れた雰囲気が漂う森だ。昨晩宿を借りた伯爵家の人々はみんな、この森を迂回したほうがいいと言った。盗賊がよく出るという。
それなのに母さまは、予定が遅れているからと、この道を選んだ。
リリーも、母さま付きの小間使いも不安そうな顔をしている。ただ一人、母さまだけが太平楽な顔をして眠りこけている。さすがというかなんというか。
もちろん長旅の疲れもあってのことだろうけど。多少のことには動じない図太い神経と、高貴な自分に歯向かう者などいるはずがないという誤った自負のおかげだよね。
無事に森を抜けられるとは思う。なぜなら私、アンヌローザ・ラムゼトゥールはまだ死ぬ運命ではないから。
私は二年後に宮廷で『悪役令嬢』として八面六臂の活躍をする予定がある。
この世界は、私が前世でプレイしていたゲーム『宮廷の恋と陰謀』の世界なのだ。ゲームが始まるのはさっきも言った通り、二年後。
だからそれまでは何も危険なことはないはず。不安そうなみんなのために、一応は母さまに迂回ルートを提案したけれど。この道でも大丈夫だろう。
ただ問題は別にある。私は今、隣国シュタルク帝国の王族に嫁ぐための旅をしているんだよね。おかしい。このままだとゲームの展開と異なってしまう。
おそらくこの縁談は破綻し、未婚のまま都に帰ることになるのだろう。
ということで目下気にかかっているのは、その破談の原因だ。
結婚相手はお互い会ったことも見たこともない。だけど政略結婚だから、多少の不満があっても向こうは我慢をするはずなんだけどな。
ちなみに私は美少女。だって主人公に対抗しなきゃいけないからね。破談の原因が容姿ということはないだろう。性格だって、そんなに悪くない……はず。
見たこともない人と結婚するのは嫌だけど。かといって悪役令嬢なんかになりたくもない。主人公がどんなエンドを迎えても、アンヌローザ・ラムゼトゥールの結末は悲惨らしい。
なんとか、隣国で素敵な人と出会って駆け落ちでもできないかな。
なんて。
王族との婚姻が破談になった娘と駆け落ちする剛の者がいるとは思えない。
だから破談の原因が気になるんだよね。
考えにふけりながら、ぼんやりと窓外を眺めていると。
突然、恐ろしい叫び声がいくつもあがり、馬車ががくんと不自然に揺れた。傾き、悲鳴をあげて座席から転がり落ちる。四人で重なりあう。さすがの母さまも目をあけた。
外では叫び声と馬のいななく声、剣のかち合う音がする。
まさか、本当に盗賊?
そんな。まだ死ぬ運命じゃないはずなのに。
カタカタと体が震える。
大丈夫、護衛はたくさんいる。
床に座り込んでリリーと抱き合っていると。
「よし!馬を取れ!」
と訛りのきつい声とともに馬が鳴き、馬車が揺れる。
外ではガタガタと激しい物音がする。後続の荷馬車かもしれない。なら、次は?
ガンッ!
と激しく扉が開かれた。
見るからに盗賊の男たちがニヤニヤ笑いで覗きこむ。
母さまが、あ、と声をあげて倒れた。
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