第34話 予兆

間に割って入ったのは三原則のカエデ姐さんだ。付き合いは長いが俺たちはこの人に憑いている悪魔もどんな能力を持っているのかも知らない。だがそれでも今この瞬間、俺と虎の全力の攻撃はこの人一人に完全に止められた。




俺たちの全力の攻撃を両方受け止めるなんてこの人どんなアレしてるんだろう。




「上人なんてくだらないものの取り合いで十三槍がこれ以上無益な戦いを続けるなら、私たち三原則も動くよ」




「遅いよ、遅すぎる。わかってなかったわけじゃないだろう?俺たちはあんたを引っ張り出すためにここまでのことをやったんだ。傷ついた奴らもいっぱいいる。勘違いするなよ、カエデ。怒ってるのはこっちだ」




我慢できずに俺はカエデを睨みつける。




「三原則にだって役割が―




「役割?そんなくだらないもののために俺の大切な人間たちを泣かせたのか?おい、カエデ。本当にこの場で殺してやろうか?」




本気で殺意が湧いた。なんなんだこいつらの全てを達観して上から俺たちを見ているような感じは。ああ、ダメだ。殺そう。




「なんか言えよ。ババア」




俺はカエデに村正を向ける。




「加勢するよ、ユキト」




「俺も三原則の連中をぶち殺してやろうと思っていたところだ」




ミナトとミツキも現れる。




「そういうことね。あんたたちは最初から私たち三原則を討つつもりだった。はぁ、あんたたちはもっと賢いと思っていたわ。世界の破滅と天秤にかけた時にどっちに傾くかかなんて考えなくてもわかるでしょ」




「はぁ、ババア。お前らはそういうところが致命的にダサいんだよ。世界を救うことしか考えていない。くだらねぇ」




「聞き捨てならないわね。ユキト、それの何がくだらないの?」




カエデは真剣な目で俺を睨みつける。こんな目は初めて見る。ベロベロに酔っぱらってる虚ろな目しか見たことがなかったから。だからこそ思った。本当にくだらないと。




「お前らにとっての世界ってなんだよ?世界というものがあればそれでいいのか?そんなものあってもなくてもどっちでもいい。大切な人たちが泣いている世界ならない方がいい。俺が欲しいのは世界なんて器じゃなくてその中身だ。なぁ、ババア。生き過ぎて耄碌したのか?俺たちは世界があるだけで満足できる妖精とかじゃないんだぜ?俺たちは人間だ。世界の中で生きる者たちなんだよ。人のいない世界には興味がないんだよ。神?天使?悪魔?くだらねぇ。自分が幸せになることにしか興味がないんだ。それが人間だよ。そんなことも忘れたのか?」




「見えてるものだけが全てじゃないのよ、ユキト!」




「見えてるものが全てだよ」




俺は笑みを浮かべてそう言った。俺にはそれが全てだったから。見えないものには興味はない。神に深い考えがあろうが、結局神が正義だったとしようが、そんなものどうでもいい。




俺が欲しいのは救いでも正義でもない。アンリたちとの明日だ。




「、、、そうなのね。わかったわ。とにかくこの戦いはこれで終わり。七家には三原則から宣言を出すわ」




「じゃあこのくだらねぇ選挙のゴタゴタはこれで終わりでいいんだな?」




「ええ、そうよ」




「おい、虎。命拾いしたな」




俺は笑いながら虎に声をかける。




「ちっ!いつか決着はつけるぞ!」




「いつでも相手してやるよ」




虎は俺を睨みつけてそのまま部下を連れて去って行った。




「ユキト、くだらないと思いながらなぜ今回の戦いに参加したの?」




俺も帰ろうとしているとカエデ姐さんに呼び止められた。






「はは、さっきも言ったろ。見えてるものが全てだからだ」




「はは、そうか」






この不毛な戦いは三原則が間に入り、十三槍どうしの戦いを厳しく取り締まった。




このまま上人選挙までの十三槍、神殺しの槍(ロンギヌス)同士の戦いは禁止され、それは三原則によってしっかりと監視されることとなった。




放浪していたヘイシも戻ってきて三原則が完全に揃ったのだ。これには七家でも大人しくせざるを得ない。




そして選挙当日、当初の予定通り『暴牛』隊長コウイチロウ・ササキが上人の座に就くこととなった。




『暴牛』の新しい隊長はこれから決まるようだ。弟のリクゼンは悪魔が払われたことによって本来の性格に戻り、今は悪魔憑きではなく事務員として神殺しの槍(ロンギヌス)に残った。




「で、なに?」




俺の前には三原則が座っていた。




「ん?俺はよくわからん」




ヘイシのおっさんはただ連れてこられただけのようだ。




「私をババアって呼んだのは許せないわ」




カエデ姐さんは割とプンプンしていた。




「それは謝るけど、そんなことのために三人揃って来たの?」




「ユキト、お前に死相が出ておる」




「おい、オババ!いきなりしゃべるな!こえーんだよ」




「確実な予知ではないがお前にこれから命の危機が起こる」




バーさんは淡々と話を続ける。




「、、、そんなのいつもだろ。俺は悪魔憑きだぜ」




「普段とは比べ物にならないということだ」




「で、どうやったらそれは回避できるの?」




「わからん」




「マジで使えねぇな、ババァ。未来が分かっても解決策が分からないならとっと隠居しろ。北海道辺りに家買ってやるからやめちまえよ」




「まだやめるわけにはいかん。儂の予知がそう言っている」




「その予知がたいしたことねぇって話なんだけど。それでなに?俺が危ないからってだけで三人揃ってきたわけ?」




「あんたは十三槍最強の男よ。それが命の危機に陥るってことは―




「四大天使が降りてくるってことか」




さっきまで連れてこられただけでよくわからずにいたヘイシのおっさんが目をかっぴらく。




「四大天使ってのは神の最高戦力だよな。それがやっと降りてくるのか?」




「もう七天使のうちの三天使は降りてきてる。四大天使が降りてくるのも時間の問題でしょうね。そしてヒイロの予知通りなら彼らはユキトを殺しに来る。彼らにとってもアンリ・マンユは脅威だからね」




「それを俺とあんたらで向かい打つってこと?」




「いや、ヒイロは戦闘能力はないし、私も他にやることがあるからヘイシをあんたに付けるわ。四大天使が攻めてきたら二人で対処しなさい」




「ああ、そういう感じで俺ここに連れてこられたんだ」




ヘイシのおっさんはやっとここに連れてこられた意味を理解したらしい。




「まあ俺とおっさんはいいけど、悪魔たちが仲良くできるかはわかんねーぞ」




アンリは俺の肩から降りてヘイシのおっさんの横に立っている鎧武者の前まで歩いていく。




「我とユキトのラブラブの時間に割って入ろうとしているのはお前か?」




初っ端から殺気バチバチでアンリは鎧武者を睨みつける。




「アンリ・マンユ。もう俺のことは覚えていないか?」




「え?」




ヘイシのおっさんの悪魔『山本五郎左衛門』はどうやら昔のアンリを知っているみたいだ。




「いや何でもない。前の前のお前の話だ。安心しろ、お前ら二人の邪魔はしない。四大天使が来た時のために俺たちはしばらく東京に留まるというだけのことだ」




ヘイシのおっさんは三原則一の問題児で任務も受けず、ひたすら世界を放浪している変わり者だ。ただ神殺しの槍(ロンギヌス)最強と呼ばれている男だ。十三槍最強の俺とどちらが強いのかとかよく言われてるが、多分このおっさんの方が強い。もちろんアンリは最強だ。だが悪魔憑きとしての力が俺とおっさんでは天と地ほどの差がある。




しかもおっさんに憑いてる山本五郎左衛門の能力も厄介だ。というか反則だ。




「という訳でよろしくな、ユキト。それでしばらくお前のとこのアパートに住まわせてくれ。久しぶりにザノザの顔も見てーしな」




「まあ空き部屋ばっかだから別にいいけど」




ヘイシのおっさんとは結構古くからの知り合いだ。というのもヘイシのおっさんはノリムネのジジイと親友だった。




俺やミナト、ミツキみたいな幼馴染だったらしい。同い年らしいがジジイの方が大分老けていた。おっさんは自由にやりたくてすぐに三原則になったらしいがジジイは違った。三原則入りを打診されても頑なに窮鼠の隊長でい続けた。そして自分の妹分であったカエデを自分の代わりに三原則入りさせたという。




「お前はどんどんノリムネに似てくるな」




懐かしそうな顔でおっさんが言う。




「気のせいだろ。血は繋がってねぇ」




「はは、血の繋がりなんて大した意味はない。繋がりってのはもっと深いものだ」




「そうかよ。でもその言葉はミナトに言ってやった方が喜ぶぜ」




「逆だろ。あいつにそれを言ったら余計に壊れちまう」




「、、、確かにそうか」




「という訳でしばらく世話になるぜ!」




という訳で俺はヘイシのおっさんをしばらく世話することになった。

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