第31話 鏖殺
土煙がはれると目の前には『猪突』の隊が揃っていた。もちろん先頭にはユウカが立っている。
「ユキト、、、」
「はぁ、お前が来るのかよ。そして―
「死んでください」
迷いなく斬りかかって来たスズネの剣を避けて距離をとる。
「ユキト、奴らが遂に本性を現したようだな!ユキトの傍をうろつく忌々しい女2人、この場で消してやるのだ!」
俺の肩の上で寝ていたアンリはいつの間にか起きていた。それもギンギンだ。
「いや、アンリ消しちゃだめだ。一旦待って」
「一旦だけだぞ!ん?一旦って何秒なのだ?」
「おい、ユウカ、スズネ。俺は出来ればお前らと戦いたくないし、意味があるとも思わない。七家がどうとかいう話ならくだらねぇからやめない?」
「七家がくだらないだと!?今の言葉万死に値する!」
スズネが剣を構えて俺を睨みつける。
「・・・」
だがユウカはずっと黙ったままだ。
「家がそんなに大事か?まあ俺にはそういうのないからよくわからないけど、俺たちにとってはくだらねぇな」
「まだ言うか!」
「スズネ、黙れ。俺は今ユウカに話しかけてる」
スズネはイチジョウ家に仕えているし、それを誇りに思っている。もう考えることを放棄している人間だ。でもユウカは違う。
「わ、わたしは、、、ユキトと戦いたくないよう。ねぇ、ユキト、、、私はどうしたらいい?」
涙をためた目ですがるようにユウカは俺を見る。
「俺と―
ドン!
凄まじい勢いで俺とユウカの間に一人の男が落ちてくる。
*
「『猪突』の連中は帰れ!ここからは『狗神』がやる」
『狗神』隊長シンイチ・イチジョウと『狗神』の先鋭たちがユキトの前に並ぶ。
「ちょっと待って!兄さん!ここを任されたのは私達よ!」
「じゃあ現場指揮を任されている俺が命令する。『猪突』はこの戦いに関わるな!」
「でも兄さん!」
「兄のいうことを聞け。猫は俺が殺す」
「うっ」
ユウカはどうしていいかわからずにその場に膝をつく。
そもそもユウカはユキトと戦いたくなどなかった。当たり前だ。ユキトはユウカの想い人だ。
だけれども家の命令には従わなくてはいけない。もうどうしていいかわからなくなっていたのだ。だからこそシンイチは来た。本来の任務を無視して妹の代わりにユキトと戦うために。
シンイチはイチジョウ家の次期当主である。だが彼にはイチジョウ家よりも大事なものがある。それはユウカだ。
シンイチはシスコンの鏡のような男。何よりも妹であるユウカの幸せを望んでいる。そしてその為にはユキトの存在も必要だということをわかっている。イチジョウ家にとって邪魔でも妹にとっては必要。ならシンイチが選ぶのは妹。
「シンイチ様の命令です!行きましょう!ユウカ様」
へたり込んでいるユウカを抱き上げてスズネはその場から離れる。それに続くように『猪突』の隊員たちもこの場から離れていく。『猪突』が完全に退いたことを確認した後、シンイチは自分の隊の隊員にも指示を出す。
「猪突についてお前らも下がれ」
「え!?隊長!猪突に護衛はいりません!我々も一緒に戦います!」
「命令だ。聞けないならこの場でお前らを皆殺しにする」
隊員たちに背を向けたままシンイチが言う。
「うっ!」
背を向けたままであっても隊員たちはその言葉に嘘がないことを感じ取る。
「ご、ご武運を」
付いてきた隊員たちもいなくなり、完全に二人きりになったところでやっとシンイチはユキトと向き合う。
「おい、猫」
「なんだよ、犬」
これは隊長同士の戦い。学校での先輩後輩も関係ない。ユキトはシンイチを睨みつける。
「ユウカを幸せにすると誓うか?」
「はぁ!?何すか、いきなり」
戦闘が始まると思っていたユキトは予想していなかった質問に驚き、学校での言葉遣いと同じになってしまう。
「お前がそう誓うなら、俺の命をくれてやる」
「いったい何を言って―
ユキトはシンイチに聞き返そうとするが、途中で止める。目の前にいる男の目は間違いなく本気だったからだ。
「答えろ」
「、、、幸せにするって約束はまだ俺にはできません。でも絶対に不幸にはしません。命をかけます」
「はぁ、満足のいく答えではないが、まあ及第点と言ったところだな」
「ありがとうございます」
「じゃあ俺の命をやるとしよう」
「俺はシンイチさんを殺すことなんてできないですよ!」
「いや、命はやると言ったがお前に殺させるわけないだろう。そんなことしたらユウカはお前を好きでいることに罪悪感を感じてしまう。俺の命はお前たちのために使うが、場所は別だ。おい、ユキト。絶対にユウカを不幸にするなよ」
「はい、約束します」
「出来れば幸せにもしてやってくれ。俺の宝なんだ」
シンイチは穏やかな顔で笑う。そしてユキトに背を向ける。
「シンイチさん、どこに行くんですか?」
「ユウカの枷を失くしに」
そう言ってシンイチはその場から姿を消す。
*
イチジョウ家では当主であるコウイチ・イチジョウ、そしてそれを囲むようにイチジョウ家の重鎮たちが集まっていた。今回の上人選挙戦に向けての会議だ。これはすでに数日にわたって行われていた。
「七家ではない者たちが揃ってササキ家についた」
「だからウンリュウ前上人に十三槍の隊長に七家以外の人間を入れるべきではないと何度も進言したのです。しかし前上人は聞く耳を持たず、出自の分からない孤児たちまで隊長に据える始末。しかも忌々しいあのノリムネ・イシガミの息のかかった者たちをです」
「ササキ家に上人の座を取られるわけにはいかない。今うちの長男と長女の隊『狗神』『猪突』がササキ家についた隊長を始末しに行っている。これで戦況は一度ふりだしに戻るだろう」
「シンイチ様とユウカ様なら何の心配もいりませんな。それでは我々は次の局面について考えた方がいいでしょう」
「ササキ家の力を削いだとして、次に強敵になりそうなのはウチと同じく十三槍の中に二人の隊長を抱えているキリュウイン家だな」
「キリュウインの二人。虎と鳥ですが、鳥の方は直接戦闘はそこまで得意ではないと聞きます。鳥をシンイチ様とユウカ様に消してもらえば我々イチジョウ家が優位に立つかと」
「そうだな。ユウカは鳥と仲良くしているようだ。ならば不意打ちも可能だろう」
「ではそのように」
「よし、これで方針は決まったな」
「「「「「はい」」」」」
数日続いた会議が終わろうとしているところで会議室の扉が開く。現れたのは『狗神』隊長シンイチ・イチジョウだ。
「シンイチか。ササキ陣営を消してきたのか?」
コウイチはシンイチに声をかけるが、シンイチは返事をせず俯いたままだ。
「お前らは俺の妹に愛しい人を殺せと命令して、次は友も殺せと命令するつもりなのか」
俯いたままシンイチが呟く。
「何を言ってる、シンイチ。イチジョウ家のために必要なことだ。そんなことよりササキ陣営は消してきたのかと聞いているんだ」
「ふざけるな!お前らは誰一人ユウカの未来にいらない。俺のかわいい妹のために死んでいけ」
―愛してくれ フェンリル―
シンイチの影から黒い巨大な狼が飛び出してくる。そしてそのままシンイチと一体化する。その姿はまさに狼男といったもの。漆黒の狼男だ。
「シンイチ!こんなところで悪魔を憑かせるなど、何を考えているんだ!」
コウイチは激昂して立ち上がる。
「もうしゃべるな」
「ぎゃあああああ!!」
「うがああああ!!!」
シンイチはその爪でイチジョウ家の重鎮たちを殺しながら一歩一歩コウイチへと向かっていく。
シンイチが契約している悪魔はフェンリル。能力は『慈愛』。最も愛する者のために戦うときに限り理を超えた力を得る。もちろんその最も愛するものとはユウカだ。
「貴様!こんな事をしてどうなるかわかっているのか!イチジョウ家当主への道は断たれたぞ!」
「今日無くなる家に当主もクソもないだろう」
「はぁ?貴様何を言っている?」
「今日をもってイチジョウ家はこの世から消える。俺がこれから皆殺しにするから」
「え?はぁ?」
「もちろんお前も殺す。親父殿。そこそこ世話になったな」
「正気か!貴様!」
「お前らよりはな」
「クソが!」
―私を守れ ケルベロス―
コウイチもまた悪魔を降ろす。地獄の番犬と呼ばれる守りに特化した悪魔だ。悪魔が憑いたコウイチは首が3本の獣人と化す。だがー
「耳障りだ。もう黙れ」
「へっ!?」
もうすでにコウイチの首は宙を舞っていた。
「こっちは命を賭けに来たんだ。少しは真面目にやってくれよ」
そのままシンイチはイチジョウ家の人間を皆殺しにする。女、子供まですべて。イチジョウという姓を持つ人間が自分とユウカだけになるまで。
シンイチは待っていたらイチジョウ家の当主になれた人間。なんなら現当主である父親を殺した時点で上手いこと情報操作をすれば当主になれていたかもしれない。でもシンイチは家そのものを消すことを選んだ。ユウカにとってイチジョウ家というものはどこまで行っても邪魔でしかないと判断したからだ。
理由はユウカが泣いていたから。ユキトたちを殺せと命じられたユウカはどうしていいかわからなく泣きじゃくっていた。
シンイチにとって妹の涙一滴は人間一人の命よりも重い。元々ユウカを泣かす可能性のあるものは全て消すつもりだった。でもイチジョウ家を消すと自分はもうユウカを守れなくなる。だからユキトに聞いた。幸せにするかと。
不満ではあるがユキトは少なくとも不幸にはしないといった。『不幸にしない』は今まで自分がしてきたことで、そして兄の限界だ。兄である自分には幸せにするということまではできない。幸せにするとはっきり言わなかったユキトに腹は立ったが少なくとも自分が今までやって来た役目は託せると思った。猫が命を賭けると言ったのだ。申し分ない。
そして思った。それなら命を賭けても大丈夫だと。
この日一族を皆殺しにしたシンイチ・イチジョウは神殺しの槍(ロンギヌス)に捉えられ、翌日に死刑が決定された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます