第29話 上人という座の価値

今回の天使と悪魔タッグの侵攻、それに加担していた上人、そして上人を殺した鼠。これが隊長格にのみ伝えられた真実ということになっている。もちろん上人の裏切りなど一般隊員たちに伝えられるわけない。




だがミナトは神殺しの槍(ロンギヌス)にも明かしていないことがある。




「おい、マジでそれがあのじいさんかよ」




「おぎゃああ!」




「ああ、0歳まで戻した。僕の力じゃ無まで戻すことはできないからね」




「じじいがいきなり赤ん坊になるって、なんかトラウマ級の出来事だよな。正直お前みたいに抱きかかえたり頬ずりしたくない。なんかキモいから」




ミナトは元ジジイの赤ん坊をあやしているがなんかまだ俺はついて行けない。




「もうほぼほぼ別の人間さ。これからの経験でどんな人間にでもなる」




「まあな。でもせっかく生まれ変わったのに『ダイダラボッチ』は離れてくれなかったみたいだな」




「・・・ああ」




確かジイさんに『ダイダラボッチ』が憑いたのは15の時だって聞いてた。だから0歳まで戻されたら『ダイダラボッチ』も離れるはずなのだが、こいつは頑なにジイさんから離れようとはしない。ルシファーの『可逆』に無理やり抗ってまで。




「ジジイが言ってた。『ダイダラボッチ』は何よりも無垢な、それこそ赤ん坊のようなものだって」




「確かに。ここまで強力な悪魔なのに言葉を話せないと言っていた」




「悪魔ってさ、寂しがりなんだよ。そして人間が好きなんだ。『ダイダラボッチ』はジジイが好きだったんだろう。ジジイも世界の終わりかリセットを求めた。決して『ダイダラボッチ』を祓うっていう選択肢は選ばなかった」




「、、、そうだね。『ダイダラボッチ』に自分のせいだと思わせたくなかったのかもしれない。まあ悪魔と人間の絆は当人たちにしかわからないからね」




「そういえばルシファーが完全顕現したんだろ?どこにいるんだ?」




「さあ?」




「さあって基本悪魔と人間は側にいるもんだろ。なあ、アンリ」




「当たり前なのだ!傍にどころか常にくっついていなくてはいけないのだ!」




アンリが肩の上で俺に頬ずりしてくる。




「ああ。うちはビジネスライクな関係だから。僕もあんな自己中悪魔と一緒にいるの嫌だし。向こうも縛られるのは嫌らしいから基本戦闘以外は別行動だよ」




「へぇ、そういうのもありなんだ」




「騙されてはダメなのだ、ユキト!そんなの絶対になしなのだ!」




肩の上でアンリが暴れだす。




「わかってるよ、アンリ。俺はお前から絶対に離れないから」




「ユ、ユキト、、、。大好きなのだ!!!」




アンリは強く抱きしめてくるが、これは本心だ。俺以外にアンリと一緒にいられる人間はいない。俺だけがアンリから孤独を奪ってやれる。




「それはそうとさ、ユキト」




「おい、ミナト。今俺とアンリがいい雰囲気だったろ。空気読めよ」




「そういうのはあまり読まないようにしてるんだ」




「どういう方向性で動いてるんだよ、お前」




「とにかくユキトももう知ってると思うけど、次の上人選挙が行われる。通例通り13人の隊長から選ばれることとなる」




「ああ、だが俺たちが選ばれることはないだろ。これは七家の権力争いだ。上人に自分の家の人間を入れようとくだらない争いをするんだろ」




200年前、神が世界を終わらせようと天使が攻め込んできた時、最初に悪魔と契約した7人の悪魔憑きがいた。この7人の子孫たちは後に七家と呼ばれて悪魔憑きたちの中でも特別な存在として扱われている。




ササキ家、キリュウイン家、ツツキバヤシ家、ニシノミヤ家、イチジョウ家、フジワラ家、スメラギ家。彼らがこの200年間悪魔憑きたちの中核を担ってきた。今の13本の槍の隊長たちもほとんどがこの七家の人間だ。




だが中でも最も力を持っていたのはスメラギ家だ。理由は簡単。当主が上人だったからだ。だがその長い体制が壊れようとしている。




「その通りだよ。上人はウンリュウから140年かわってない。だから今回が七家にとって140年ぶりの上人争奪戦だ。スメラギ家からしたらなんとか死守したい。他の六家としてはスメラギ家から主導権を奪える絶好の機会」




「荒れるってことか?」




「なりふり構わなくなる可能性もある」




「十三槍が割れる可能性があるな」




「うん、だから対処できるのは隊長が七家ではない隊、窮鼠、大蛇、猿公、灰猫だけだ」




「でも対処って言ったって選挙は全隊員の投票で行われるんだろ?出来る事なんかねぇだろ。そもそも隊員の半数以上は七家の人間かその分家たちだ」




もっともなことをミツキが言う。バカが珍しく若干だけ頭を働かせたみたいだ。それでも所詮バカだが。




「でも一票の価値は平等ではない。隊長たちの1票は一般隊員の100票分となっている。つまり13人の隊長は1300票を持っていることとなる。神殺しの槍(ロンギヌス)の全隊員の数は隊長を抜いて1287人。つまり僕たち隊長の投票は残りの隊員たちの票数よりも力を持ってる」




「その隊長たちが争うんだから意味がねぇだろ」




バカは放っておいてミナトとの会話を続ける。




「でも僕たちが組めば戦える」




「どういうことだ?」




「僕の100票、ユキトの100票、ミツキの100票、そして鼠、蛇、猫の隊員の215票。合計で515票。十分戦える数だ」




一隊の人数は隊長も含めて108人。唯一灰猫だけ2人だ。泣きたい。まあこれで1298人。あとは赤ん坊になった上人のジジイ、あとどの隊にも属さず十三槍を外から見守る監察官が一人。これでしめて1300人。それはそうと―




「さっきからお前は何を言ってるんだ?」




「次の上人にはユキト、君がなるんだ」




「正気で言ってんのか?お前」




「僕は君以上の適任者はいないと思ってる」




「ああそうかい。お前が本気で俺を上人なんてクソみたいなものにしたいなら、この場でぶち殺してやるしかないな」




「、、、はぁ。やっぱりそうだよね。冗談だよ。まあ君が首を縦に振るなら本気で動くつもりだったけど」




「つまらない冗談いうなよ。冗談だってわかっててもイラっとするから」




「まあ、そうだよね。ごめん。じゃあプランBだ。僕たちは牛を上人にするために動く」




「お前がなるってのはねーのか?向いてると思うけど」




「僕は孤児だ。周りが許さないよ」




「それなら俺もだろーが」




「ユキトならねじ伏せられるさ。ユキトが最強だということは誰もが知ってることだ」




「何を言われても俺が上人になることはない。お前がそれを誰よりもわかってるだろーが」




「ああ、わかってる。僕も上人になるなんて御免だ」




「じゃあ牛を上人にするってことで決定だな。だけどいくら権力争いって言ったって神に滅ぼされそうな世界でそんなことして意味あるのか?」




「神殺しをなした後のことを考えてるんだよ」




「それで内部争いして結局神に勝てなかったら本末転倒だろ。なんだっけ?そんな感じのことわざあったよな」




「とらぬ狸の皮算用だね。それでもその皮算用をするのが人間なんだよ」




「はぁ、神が滅ぼしたくなる気持ちがわかるぜ」




「それを言っちゃあお終いだよ」




「で、俺たちがやらなきゃいけないのは出来るだけ早く、出来るだけ十三槍の被害を抑えつつ今回の選挙を終わらせることだな」




「そう、でも僕らが手を組むことで勢力図が大きく動く。だから少し面倒なことになる。協力してくれ、猫」




「、、、わかったよ、鼠」




上人を選ぶ選挙は1月後。上人が欠けたこの一か月は規定通り鼠が代行を務める。






上人が何らかの理由で動けなくなった時、新しい上人が決まるまで、その役割は暫定的に鼠に受け継がれる。それが一番隊『窮鼠』隊長の役割だ。

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