第86話

「ゔっあああぁー‼︎」


叫び声の直後、扉が勢いよく開け放たれると、シモンが息を切らし入ってきた。


「ディオン様⁉︎」


「っ……」


ベッドから起き上がり頭を押さえた。激しい頭痛がした。心臓が煩いくらいに脈打ち、息切れがした。


「ディオン様っ、如何なさいましたか⁉︎」


苦しむディオンの姿に、シモンの顔が蒼白になる。


「お加減が悪いのですか⁉︎直ぐ医師を呼んで参ります!」


ディオンが何かを答える間もなく、慌てふためきながらシモンは部屋を出て行ってしまった。



「っ……頭が……」


割れる様に痛い。ディオンは耐えられず、再びベッドに沈んだ。痛みを抑える様に。額に腕を置く。意味などないが、気分的には落ち着いた。



夢、だった……。良かった……あれは悪い夢だ。現実ではない。


だが気分が悪くなる程には、現地味を帯びていた。


「あれは……夢、なんだ……」


独り言つ。初めて見た景色だった筈なのに、何故自分は知っていると思ったのだろうか。


あの古城に行った事などない筈だ。何処にあるかも、実際に存在する城なのかも不明だ。それなのにも関わらず、良く知っていると言っても過言ではない。


知らない筈なのに、良く知っているなどと、矛盾している。


夢の中で目覚めた部屋は、暫くの間自分の部屋として使っていた部屋だ。あの部屋は古城の西側の奥に位置する。朝は薄暗く日が入らず、夕刻になると西日が眩しいくらいに射してくる。


その光景を見た時、綺麗だと思った。リディアに見せたらきっと、子供の様にはしゃぐだろうと思わず笑った。


あり得ない筈の記憶が頭の中を掻き乱す。


ふと蘇るのは、リディアが矢に射抜かれ血を流し地べたに倒れ死んでいる光景だ……何度も何度も同じ光景が繰りかえされる。


「ディオン様‼︎医師を連れて参りました……ディオン様っ⁉︎」


「っ……」


シモンの声が聞こえて来たと同じに、又激しい頭痛にに襲われディオンは顔を歪ませる。頭が割れそうだった。


そしてそのままディオンは、意識を手放した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「リディア嬢、美味しいかい」


そんなに長居をするつもりなどなかった。

だが、一口焼き菓子を放り込むと、その美味しさに手は止まらなくなってしまった。時間も本来ならば夕食時であり、お腹も空いていた。それを忘れてしまうくらい先程の出来事は衝撃だった。


「はい、とても美味しいです!ほっぺが落ちそうなくらいです~……ぁ」


お腹も満たされたリディアは、程なくして現実に戻る。小さく声を洩らす。



「マリウス殿下……私、そろそろ帰らないと」


帰るには勇気がいるが、マリウスにお茶に付き合って貰って話をしたり、お菓子を食べたりしている内に少し気持ちも落ち着いた。


「もう大丈夫なの?……なんなら泊まっていっても良いよ」


マリウスからの予想外の申し出にリディアは驚き焦る。


「さ、流石にそういう訳には……これ以上、マリウス殿下にご迷惑をお掛けは出来ません。それに帰らないと、多分心配も、して……る……」


あれ、何だろう。急に眠気が……。疲れてて、お腹もいっぱいだから……眠くなちゃったのかな……。


リディアは急激に激しい眠気に襲われた。瞼が重過ぎて、もう半分閉じている。必死に目を開こうとするが、抗えない。視界が揺らぐ。


「なん、か……きゅう、に、眠く……て」


いつの間にか隣に来ていたマリウスが、全身から力が抜け椅子から落ちそうになるリディアの身体を支えてくれた。


「まり……す、殿下……すいま、せ」


「大丈夫だよ、リディア嬢。少し疲れてしまったみたいだね。自邸には遣いをから、気にせずに今夜は泊まるといいよ。君は何も心配しなくていいから……ゆっくりお休み、リディア」


耳元でマリウスの聞こえる。まるで子守唄の様に優しく心地が良い。眠ってはダメだと思いながらも、これ以上は我慢出来ないと、リディアは瞼を閉じた。

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