第69話



グリエット侯爵とその妹のリディア侯爵令嬢は、血縁関係にない。社交界では、そんな噂が流れている。


妹は再婚相手であった母の子爵令嬢の連れ子であり、侯爵家とは何ら関わりがない。


これらは全て事実だが、別に隠していた訳ではない。ただリディアが侯爵家に来た時はまだ一歳程で随分と昔の話であり、父や兄、リディア本人も別段外部に話す機会はなかった。故に必然的に周囲には知る者はいなかったというだけの話だ。


そもそもリディア自身は物心付いた時には既に侯爵家で暮らしており、今更そんな話をされても余りぴんとは来ない。父や兄とは血の繋がりがないとは母が亡くなる前に聞かされていたが、それでもリディアにしてみれば父も母も兄も家族である事に変わりない。


故にこの事実がそんな重大な事だとは思いもしなかった。ただ、マリウスからは警告の様な事は言われた。


『実に下らない、僕はそう思うよ。ただ、そう思わない人間もいる。君は今、余り良くない状況に陥っている。気を付けた方がいい。君の兄のグリエット侯爵は、男女問わず色んな意味で人気があるからね。妬み嫉み、恨み……君はその的になりつつある』



リディアには少し難しかった。何となく言いたい事は分かったが、全てを理解するには自分の頭では足りなかった……。














◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



第二王子マリウスの護衛の為、暫し屋敷を開けていた。戻って来たのはつい今し方だ。



「どうやら俺が留守にしている間、随分と面白い事になっているね」


外套を脱ぎ、シモンに手渡す。



「まだ噂の出所は判明しておりません」


ディオンは、長椅子に腰掛け出されたお茶に口付けた。


「全く、何処のどいつか知らないけどさ、面倒な事してくれるよ。……で、リディアはどうしてるの」



「リディア様には特にお変わりはございません。通常通り、登城されて仕事をされております」



マリウスの護衛の為遠方に赴く事になる随分と前から、リディアとは殆ど顔を合わせていない。たまに屋敷ですれ違うくらいだ。自分が忙しい所為ではあったが、意図的に避けられている様に感じた。


リディアが倒れたあの日、明らかに様子がおかしかった。何度も部屋を扉越しに訪ねたが、妹は何も答える事はなかった……。何度も扉を開けてリディアを問いただそうかと思ってはみたが、余りしつこくして嫌われるのも嫌なので、少しほっておく事にした。時間を置けば少しは落ち着くだろうと考えたからだ。



それに逐一、リディアの事は報告をさせているので問題はない。ただ遠方にいる間は気が気ではなかった。もしもの時には直ぐに駆けつける事が出来ない。


マリウスは知人である辺境伯を訪ねて行ったのだが、何しろ国境付近故、兎に角時間が掛かった。以前にも似たような事があり、正直勘弁して欲しい。公務や急用ならいざ知れず、言うならばただの遊びだ。下らない事に巻き込まないで欲しいと常々思っている。




「ふ~ん。で実際は今、どんな状況なの」


「噂の影響で、リディア様への周囲の目がかなり厳しくなっております。まだ直接被害というものはございませんが……余り思わしくはございません」


噂を聞いた時、直ぐに想定した範囲からは逸していない。



「ただ、シルヴィ様やリュシアン様などが水面下で手を回して下さっている様ですので、今はまだ安心かと思われます」



リュシアン、その名にディオンは反応する。彼の事は正直好かないが、自分が留守の間、リディアを守る為尽力してくれた事には感謝をする。

ただ、リュシアンは以前からリディアに好意を抱いているのは明白であり、そういった意味では油断出来ない。

だが、リディアを守る駒としては使える。リディアにとって彼は敵ではなく明らかに味方だ。危害を加える事は間違ってもないだろう。だが。





「ディオン様の方は如何なさいますか」


自分に立てられたもう一つの噂の話だろう。


「で、調べてあるよね?」


「無論でございます。彼女はゴーダン伯爵の次女カサンドラ嬢です。実に言いづらいのですが……彼女はリディア様の元婚約者であるラザール様の浮気相手の妹君だそうでして……」


ディオンは思わず鼻を鳴らした。


ゴーダン伯爵とは面識はないが、良くない噂を耳にした事はある。親が親なら子も子だ。


「へぇ。それはまた面白い話だね」


口角は上げるが、目はまるで笑っていない。


「俺さ、こう見えて忙しいんだよね。だから余り手間を掛けさせないで貰いたいんだけど、仕方ないか……ゴーダン伯爵ね」





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