第52話
「ディオン様」
ハンナはリディアを追いかけて行った。食堂には俯き加減のディオンと、困り顔のシモンが残された。
「ごめん。少し疲れているのかも知れない……。喧嘩するつもりはなかったんだ。でも、つい頭に血が上ってしまった」
独り言の様にそう言いながらディオンはこめかみを押さえた。
街で調達したジャムをディオンの許可なく口にした事に腹が立った。だがそれよりも、その前の会話辺りから苛々していた。リディアが何の危機感もなく街中で、領主の妹だと公言した事だ。思い出しただけで苛々した。
正直、ディオンは誰から恨みを買っているかも分からない。快く思っていない人間も山程いる。
ディオンにとって
普段の生活の中でなら構わない。リディアが移動する範囲など、高々自邸や友人知人宅、城内程度だからだ。今上げた場所には必ず護衛もいて警備も確りしている。
だが、一歩でも外へ出れば、全てに置いて不安要素が付き纏う。水一滴に至るまで安心出来やしない。
「何でアイツはあんなに莫迦……いや、違うな。莫迦は俺だ。俺の所為だ……俺が、リディアを危険に晒した……」
そもそも外に連れ出したのは、他ならぬ自分だ。何れリディアにも、グリエット家の事柄に携わらせる為に慣れさせようとしたのだが……まだ早かったかも知れない。
今回は何事なく済んだが、次はそうとは限らない。
守りたいのに、俺の存在がリディアを危険に晒している……こんな滑稽な話があるだろうか。
「ディオン様、本日はもうお休みになられては如何でしょうか。長旅の疲れもあるかと思いますので」
シモンは、すっかり食欲が失せて手付かずにされた皿を下げて、代わりにカモミールのお茶を置いた。ディオンは、ため息を吐きそれを口に運ぶ。少し気持ちが落ち着いた。
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喧嘩してしまった……。最近は昔に戻ったかの様に仲良く出来ていたのに。
リディアは自室に入った瞬間、沈み込む。ディオンの言い方に腹は立ったのは事実だが、考えてみれば自分が悪い。約束したのに、破ってしまった。
「はぁ……」
深いため息が出た。きっとディオンは今頃は、まだ腹を立てている事だろう。兄は理不尽な性格なので自身が約束を破る事は良しとしても、他者が約束を破るのは許さない。……昔からそうだった。
「俺はいいんだよ」なんてよく聞いた言葉だ。子供なりに、理不尽さを感じてはいた。だが、そんな兄でも嫌いだと思った事は不思議と一度もない。やはり兄の言う通り、自分は莫迦なの知れない。
「失礼します。リディア様、就寝前にお茶は如何ですか?」
ベッドの上で文字通り沈んでいるとハンナがお茶を手にして入って来た。
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