第42話

「夢、か……」


喉が張り付いている感覚を覚える。


「喉……渇いた」


頭が上手く回らない中、視線だけで周囲を確認した。いつの間にかベッドに寝かされいる。開け放たれたカーテンから見える窓の外は緋色に染まっている。半日以上眠っていた様だった。


そして左手に違和感を感じ視線を遣ると、ベッドに縋り付く様にしてリディアが寝ていた。自分の手を離すまいと確りと両手で握っていた……。


懐かしい夢だった。


あどけない寝顔が、あの日の幼い妹と重なる。


あれから数年後に、後妻であったフィリーネは病で亡くなった。産みの母よりディオンを実子の様に可愛がってくれ、彼女からは多くのものを貰った。


その彼女の忘形見であるリディア


『ディオン……あの子を、リディアを守って、あげて、ね……』


最期、フィリーネと約束した。



フィリーネの葬儀の日、あの日も、しとしとと雨が降っていた。


そしてあの男は彼女の葬儀にも、また姿を見せなかった。その事について別段驚きも、興味もなかった。もう、あの男に期待などしていない。


あの男には、頼らない。


ただリディアを守る為には、地位も権力も必要だ。その為に、十歳で屋敷を出て騎士団に入団し宿舎に入った。


父が団長である白騎士団ではなく、敢えて黒騎士団を選んだ。自分自身でのし上がってやる、そう思った。あの男の力なんて絶対に借りたくなかった。



ー リディアを守れるのは、俺だけだ ー


「ん……」


ディオンは暫し思考を巡らせていたが、リディアの吐息で引き戻される。身体を起こし覗き込むが、どうやらまだ眠っている様子だ。


ベッドから降りるとリディアを、起こさない様にと静かに抱き上げ自分の代わりにベッドへ横に寝かせた。


身体が大分軽くなった。熱も引いたのが分かる。余り自覚はなかったが、随分と疲弊していたらしい。

大人になってからは、昔の夢を見る事などなかったと言うのに……身体が弱ると心まで弱くなるのだな、と苦笑した。


「う、ん……ん?へ⁉︎」


「おはよう」


今度こそ完全に目を覚ましたリディアは、自身とディオンが逆転している状況に混乱していた。


「随分と気持ち良さそうだったね。お兄様の看護そっちのけで、涎なんて垂らしてさ」


揶揄うディオンの言葉に、リディアは勢いよく身体を起こす。顔は熟しきったトマトの様だ。まさに食べ頃だろう。口が弧を描く。


「そんなに、心配だったの」


側を離れられない程に……。


「お前、お兄様の事大好きだからね」


何時もの戯けた調子で話すと、本当なら此処で怒りながら否定する。なのに、今日は違った。


「心配くらい、するわよ。当たり前でしょう……私のたった一人のお兄様なんだから」


リディアのらしくない言葉に、ディオンは目を見張り次の瞬間頬を染めた。


口元を手で覆い、気恥ずかしくなり直視出来なくなった。


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