第20話
「ん……」
「リディア様‼︎起きて下さい‼︎遅刻致します‼︎」
「朝……?」
「然様です。朝でございます‼︎」
いつもなら、ここからかなり粘る。だが今日はパチリと目を開けリディアは、ベッドから身を起こした。
「おはよう、ハンナ」
「おはよう御座います、リディア様……」
少し呆気に取られた様子のハンナを尻目に、ベッドから下りて支度を始める。
「ハンナ、何ぼうっとしてるの?早く手伝って」
「は、はい‼︎」
慌ててハンナは侍女服を取り出して、着替えを手伝う。その間ハンナが終始、訝しげな表情を浮かべていた事に、リディアは可笑しくなった。
「どうぞ」
食堂にて朝食を摂る。何時もならそんな時間はないが、今日は余裕だ。だが、既にディオンの姿はない。
「シモン……兄様は?」
「ディオン様でしたら、既にお出掛けになられました」
お茶を出すシモンに尋ねた。
相変わらず早い……一体何時に起きているのだろうか。寝る時間だって遅い筈だ。ちゃんと寝ていないのではと、少し心配になる……昨日だって帰ったと思ったら直ぐに執務室に篭ってしまい、夕食にも顔を出さなかった。
「ディオン様は、昨夜も随分と遅くまで、仕事をなさってらした様ですね」
まるで心を読まれたかの様に、気になっていた事を話すシモンに、心臓が跳ねた。
「ふ~ん……別に、興味ないけど……」
言葉とは裏腹に、リディアは明らかに落胆をする。朝早めに起きたら、もしかしたら会えるかも知れないと少し期待していたからだ。
馬車に乗り込むリディアを、ハンナは涙ながらに見送る。その様子にリディアは、苦笑した。
「リディア様が成長されて、ハンナは嬉しゅう御座います‼︎もう、一生あのままかと諦めておりましたが、まさか、まさか‼︎」
一生って……大袈裟な。しかも酷い言われ様な気がする。
「リディア様、いってらっしゃいませ」
お辞儀をしながら、まだ涙をハンカチで拭っている。もの凄く複雑な心境だった……私って一体……。
リディアは、馬車に揺られながら窓の外を眺める。
昨日は、色々あったが愉しかった。あんな風に兄と一緒に時間を過ごすなど、夢にも思わなかった。
何時もと少しだけ、違う兄だった……。
ディオンが触れた箇所が、酷く熱く感じたのを思い出し、またその場所が熱を持っている様に思える。顔も熱い……。女顔だし、細身だし、なのに抱き寄せられた時に意外と筋肉が付いているのを感じた。あぁ、兄も男の人なんだなぁって嫌でも分かってしまった。いや、男なのは当たり前に分かっていたが、そう言う意味じゃなくて‼︎
一人悶絶するリディア。
これから仕事なのに、何考えるのよ!私は……。
リディアは邪念を振り払おうと、
そう言えば……。
『で、孤児院への贈与品はどうするの?近い内に届けたいんだけど』
屋敷に帰った時に、そう尋ねられた。
『次の休みまで待って。必ず用意するから』
ディオンは不服そうだったが、それ以上何も聞いては来なかった。ただ『分かった。けど、最後まで責任持てよ。餓鬼じゃないんだからさ』とだけ言ってその場を後にした。
ぶっきらぼうに言い放つ兄を思い出し、急激に身体から熱が抜けた。思い出しただけでも腹が立つ。
ふふん、見てなさい。私だって、やれば出来るんだからね!
リディアは密かに、鼻を鳴らした。
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